煙害被害者側の心構えに関して思ったことを述べてみる。

あくまで筆者の私見であるので他者に強制はしないが、欧米人に比して明らかに日本人の煙害被害者の思考行動の傾向に、(結果として自らの立場を不利に追い込むような)特徴的な問題点が存在すると思われるので敢えて指摘しておきたい。

primipil/iStock

被害者側の姿勢

薪ストーブや廃棄物違法焼却による煙害に対し、組織化活動を要望したり、被害者集団訴訟を起こしたいと主張する声もSNS上で散見されるようになった。

しかしそれには必須事項と言うべき、現在合法であるがその事象が公害の惧れが有ることを示すプロシージャの第一関門というべき、被害者の在所における煙害の測定調査によって継続的な大気汚染の程度を数値化・可視化する地味な作業が必要である。

但し、相応の時間と費用、専門知識を持つ最低でも市民科学者レベルの協力者が必要であろう。

その面倒な過程を厭い軽視し、手間と費用を惜しみ、定量化した証拠も無くただ乱暴な文言で感情的に繰り返し叫んでみたところで、実効性の有る活動や勝算のある訴訟には結びつかず、まず不可能である。

もちろんこれでは、法制化要望など望むべくも無く程遠い。

ましてや直接にSNS上で(現在合法であり被害者にとっての)迷惑行為者を引き合いに出し徒党を組み暴言を以て襲い掛かり、感情的な論戦対決を実行するなど、凡そ自身の精神的消耗を招くだけで解決には寄与しない。

さらには炎上を狙う等は却って解決の妨げであり、匹夫の勇としか言えない。

また、被害者側が積極的に意見を一本化せず、原因も被害類型も全く異なる他の広範囲な社会不満(例えば反原子力、薬害、動物の取扱等)を抽象的に「根は同じだ」と混同し叫んでいるようでは論点も定まらぬというもので、戦術として全く成立しない。

主張者自身の論点が定まらぬのであるから、もちろん広く(事情を知らぬ第三者である)世間からの、特に有識者や政策立案者からの賛同は得にくいであろうことは想像に難くない。

具体的な数字を出さない、出せない

煙によるPM2.5の一瞬のピーク値だけ等を提示してもそれは継続的な被害である主張の根拠にはならない。

「くさい、けむい、大量の煤煙悪臭が」と抽象的・感情的に繰り返し言ってみても、それを「事情を知らぬ他人が容易に状況を理解できるように具体的に示す」ものが何も無いのではどうにもならない。

もし本当に測定機器を持っていると言うなら、今時パソコンくらいは使えるであろうから早急にデータを採りスプレッドシートに記録し、彼らが主張する「継続的な被害の実態」を図表化すればよいだけである。

自動記録が不能な機器であれば、在宅時に気が付いたときだけでも測定し記録しておくだけでもよいはずだ。

日々の積み重ねが重要である。

煙害を訴え実際に行動を起こしたいなら、或る程度の期間、連続自動、或いは手動で一定間隔で測定するなど、まとまったデータのほうが良い。

但し測定条件を同じ(一定の場所)にすべきことは言うまでもない。

とにかく自分で数値を提示することが重要である。

百千の抽象的な言葉より、1枚の実測値グラフのほうが訴求力は高い。

公害を定め規制するのは官側

被害側の者が原理原則論に異様なまでに執着し、SNS上で官吏に対し、不平不満を度を越した罵詈憎言を述べ言論展開し「無能公務員が・公害だ・違法だ・処罰せよ」と叫んでみても、その相手の官吏は貴方のSNSなどまず見ていない。無意味である上に非常に見苦しいことこの上ない。

「公害かどうか・違法かどうか・処罰するかどうか」は近代国家にあっては官吏側の専権事項であり、我々一般民間人が命じ決する権限は無いことに留意すべきであろうと思うのだが。

更に付け加えれば、公務員に対し「無能」と罵詈憎言を吐き捨てるなら、貴方が言う無能者を自身の言説によって制御し何らかの影響を与え改善させることができないなら、貴方はさらに彼らよりも無能とは言えないだろうか。