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1995年、マサチューセッツ工科大学メディアラボの創設者である計算機科学者のニコラス・ネグロポンテはデジタル技術に関するノンフィクション「Being Digital」を著した。

ネグロポンテはこの著書の中で、デジタル技術の発展の歴史を紹介するとともに、未来のテクノロジーの可能性を予見し、その内容を示した。その中で紹介されたのが「デイリー・ミー(”Daily Me”)」である。デジタル技術の進展は個人の選好に合った新聞を提供、すなわち「ミー(Me)」に合わせた「デイリー(日刊紙)」を届けるようになるということである。

作家でメディア研究者のスティーブン・ジョンソンは、著書「Emergence: The Connected Lives of Ants, Brains, Cities and Software」の中で、個人の趣味嗜好に合わせた新聞により情報が提供されることによって、その個人の選好が一つの方向に収斂し、人生について永久的に影響すると主張した。

1995年に提唱されたデイリー・ミーの概念は、ジョンソンがその懸念を示したとおり、2010年代のメディア研究の中で存在感を表していくこととなる。

ニュース・プラットフォームとしてのデジタル・デバイス

現代社会において必要不可欠となったスマートフォンなどといったデジタル・デバイスは、その普及率は全世界で70%とも言われており、多くの人にとって情報を仕入れる主要な手段となっている。そしてデジタル・デバイスを用いてのニュースの収集は、個人の選好に依拠したアルゴリズムの作用によって、各国の分極化を著しく促進しているといえる。

以下はPew Research Centerによる、ニュース・プラットフォームとしてデジタル・デバイス、テレビ、ラジオ、印刷物のどれを好んで利用しているかについてのサーベイをまとめたものである。デジタル・デバイスが2020年以降もシェアを伸ばしているのに対し、テレビでニュースに触れる人はその割合を大きく減らしていることがわかる。

News Platform Fact Sheet | Pew Research Center

デジタル・デバイスが普及したことによる問題点としてあげられるのが、前述のとおり、アルゴリズムによって個人の選好に合わせた情報が提供されることである。

多くの方が経験したことあるであろうが、アマゾンで靴を見たらインターネット広告で靴の割引情報がバーナーに表示され、特定の政治家の投稿に反応をすれば、その政治家の投稿がタイムラインに頻繁に流れてくる。デジタル・デバイスは「この人はこれに興味がある」と学習し、その情報を提供する。それがアルゴリズムの作用である。アルゴリズムは個人が自らの選好、思想、趣味嗜好を助長するようにはたらきかけ、それは無限に行われるのだ。

そしてそれが最も如実に行われるのがSNSにおいてである。2022年の統計では、全世界でのSNSユーザーは45.9億人を数え、2027年には58.5億人にまで及ぶと推計される注1)。SNSは今や、多くの人にとって情報を収集する主要なプラットフォームとなっている。

しかし根本的なSNSのシステムを見てみれば、X(旧Twitter)であればフォローというシステムを通じて自らがタイムラインに流す情報を自らの選好に合わせて選ぶし、InstagramやFacebookでも同様のことがいえる。アルゴリズムの力を借りずしても、自らの選好で情報プラットフォームを作り上げる。そこで「デイリー・ミー」を出版し、選好に沿った内容を見る者に届けているのだ。

アメリカのケーブルテレビ

分極化の観点からもう一つアメリカで懸念されているのが情報プラットフォームとしてケーブルテレビを利用する人の増加である。前頁のグラフにもあるとおり、情報プラットフォームとしてテレビを利用する人が減る一方でケーブルテレビ、とりわけFOX Newsはニュース・プラットフォームとしてのシェアを伸ばしている。

Trends and Facts on Cable News | State of the News Media | Pew Research Center

トランプ大統領が退任した2021年に一度は視聴者数が減少したものの、2017年から増加の一途を辿っている。その一方でFOX Newsは2006年から収入を一貫して伸ばしており、競合他社との差を大きく広げている。

Trends and Facts on Cable News | State of the News Media | Pew Research Center

また、下のグラフはトランプ大統領の就任の前年の2016年から2020年にかけてのケーブルテレビの視聴者数の推移である。トランプ大統領就任の2017年から飛躍的に各局の視聴者数が増加していることが見て取れる。

Trends and Facts on Cable News | State of the News Media | Pew Research Center

トランプ大統領は共和党員の大統領であるが、過去には民主党員であったことが知られている。ではなぜ共和党から出馬したのか。過去のインタビューを遡ると、1998年にPeople Magazineのインタビューで次のように答えている。

もし出馬するなら共和党から出る。彼らはこの国で最も愚かな投票者だ。彼らはFox Newsで流すことはすべて信じる。私が嘘をついても彼らは信じる。私の得票数はすごいことになるだろう注2)。

日本とは異なり、アメリカでは各メディアが政治的に中立・公正であることは求められていない。先述のケーブルテレビ各局でいえば、FOX TVは共和党支持、CNNは民主党支持と、その立場は明確である。

あるアメリカ人が言うには、「政治家も、実務家であることよりもパフォーマーになることを好んでいる」という。ケーブルテレビ局は視聴者が欲しい、政治家は得票が欲しい、その思惑がマッチしたとき、番組MCや出演する政治家はより過激になり、視聴者・有権者の求める議題設定をし、彼らに心地よい主張を展開する。

「視聴者・有権者に寄り添う」というと一見聞こえの良い言葉だが、これがデイリー・ミーの一端であり、分極化を促進する要因なのである。