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昨年12月にドバイで開催されたCOP28であるが、筆者も産業界のミッションの一員として現地に入り、国際交渉の様子をフォローしながら、会場内で行われた多くのイベントに出席・登壇しつつ、様々な国の産業界の方々と意見交換する機会をもった。

今回のCOP28は、パリ協定に規定された、5年毎の気候変動対策の世界的な棚卸(グローバル・ストックテイク:GST)を行う初回の年であったこともあり、従来のCOPで中心の話題であった、削減目標の多寡や野心度を争う「美人コンテスト」型の議論に比べて、今年は具体的なアクション(削減・適応対策、そのための資金動員等)の進捗や課題など、より実質的、具体的なテーマを巡る議論やイベントが多くみられたという印象だった。

実際、ホスト国のUAEは、自身が化石燃料産出国であるということもあってか、COP28のテーマを“Ambition to Action (野心から行動へ)”と設定し、「脱炭素」と口で言っているだけではだめで、具体的な削減行動には何が課題で何が必要か、といったアクションに焦点を当てて様々なイベントのテーマ設定をしていたようである。

GST合意文書とその内容

会期を1日延長して12月13日に採決されたGST合意文書では、環境NGOが論調を主導してきた従来のCOPの世界ではとかく否定的にとらえられてきた原子力やCCUSなど、再エネ、水素、電気自動車以外の「低排出技術」も気候変動対策の有効な手段として明記されており、「それぞれの国情、道筋、アプローチを考慮し、国ごとに決定された方法で取り組みに貢献するよう締約国に求める」としている。

気候変動対策では、具体的な排出削減策を進めるのは簡単ではなく、様々な技術や手法をえり好みせずに総動員して取り組まないと進まないという認識が、COPの場でようやく共有されたことの意義は大きい。従来から多様なアプローチの必要性や国情に合わせた取り組みの重要性を主張してきた日本にとっては、納得のいく合意といえよう。

また交通システム分野の対策でも、ゼロエミッション車(EV)だけではなく、低排出車(HV、PHVなどを含む)の役割も明記した上で、様々な経路で排出削減を加速するとされており、これも日本の産業界の現実的なアプローチと合致するものである。

さらに特筆すべきは、今回の合意文書では、天然ガス等を想定していると思われる“移行燃料(transitional fuel)”は、「エネルギー安全保障を確保しつつ、エネルギー移行を促進する役割を果たしうることを認識する」とされており、COPの合意文書として初めて明確に、エネルギー安全保障への配慮が言及されている点である。これがウクライナ戦争や中東紛争など、世界のエネルギー供給をとりまく環境が不透明化する中、明示的に記載されたことの意義も大きい。

「化石燃料からの脱却」に関する議論

日本のメディアが一斉に報道した「化石燃料からの脱却に初めて合意」という点については、原文で“transition away from fossil fuels”という英語をどう翻訳するかということで意見が分かれるのだが、日本政府の公式訳は「化石燃料からの移行」であり、政府関係者によると「脱却」と訳すのはミスリードということであった。この解釈をめぐる同床異夢については、当サイトでも有馬純氏が詳しく解説しているのでそちらを参照いただきたい。

「化石燃料からの脱却に合意」というと、今すぐにでも石油、天然ガス、石炭の使用をやめなければいけないような印象を与えるが、全会一致での採決を前提としたCOPの交渉では、産油国サウジアラビアやロシアが拒否権を持っており、さらにはエネルギー供給の太宗を化石燃料に依存する中国とインド(この2か国だけで世界の人口の3割以上を占める)が、「化石燃料からの脱却」に合意したと解釈するのは、相当な無理があろう。

実際、世界有数の化石燃料輸出国であるロシアのプーチン大統領は意図してかどうか、COP会期中の12月7日に、COP会場のドバイから車で1時間しか離れていないアブダビを、戦闘機に護衛された大統領専用機で訪問し、COP主催国UAEのムハンマド大統領と会談している。

そこで何が話し合われたかの詳細は明らかにされていないが、その後プーチン大統領がサウジアラビアに移ったことを見ても、化石燃料に関するCOPでの産油国側のスタンスを確認したことは容易に想像できよう。そうした背景を考えると、この合意文書を「化石燃料からの脱却に合意」と解釈するのは、いささかご都合主義というものだろう。

COP28の合意内容とその影響

このように同床異夢的な表現で妥協が図られ、また原子力、CCUS、低排出自動車など、従来COP界隈の議論で「異端」扱いされてきた脱・低炭素技術への言及や、国情に合わせた多様なアプローチを推奨しているという点で、今回のCOP合意は従来のCOPの論調から一歩踏み出したものとなっている。

それに呼応した形で、今回のCOP会場で展開された様々なイベントや議論では、気候変動対策の実施、加速には様々な課題や障害があり、一筋縄では進まない乗り越えるべき課題も多いという論点が取り上げられ始めていた、というのが今回のCOP28に対する筆者の率直な印象である。

例えばボストンコンサルティングが12月5日に主催して行われたグリーン素材の市場創出に関するパネルディスカッションでは、CO2排出量の低いグリーンな素材を使って自動車などの製造段階のCO2排出を下げるといった取り組みに対して、パネリストで登壇していたドイツの自動車部品メーカーの経営者から「グリーンな素材のコストは大幅にアップするにもかかわらず、欧州の自動車会社はそうした素材を使った部品に環境プレミアムを乗せて高く買ってくれない。これではグリーンビジネスは成り立たない」といった「不都合な真実」の指摘があった。

同氏は、同じくパネリスト登壇していた独自動車メーカーのサステナブル調達本部長に対して、「グリーンな素材を高く買ってくれるか否か?」というストレートな問いかけをしていたのだが、回答をはぐらかされていた。

それを受けてその部品メーカーの経営者は、会場を埋めた聴衆に向かって「この会場に来ている皆さんが自動車を買うときに、CO2を出さない素材で作られた車を従来の車より高く買ってもらわないと、素材の脱炭素化など進められないのです」と言い放っていた。

最終需要家が環境コスト(=カーボンプライス)を負担する覚悟があるのかどうかという、今後の脱炭素化政策の肝となるコスト負担の議論が欧州で始まっている、ということを実感させられた一コマである。