値上げで取引数量を減らされてシェアを奪われるなら、それはそれで構わない。
収益を回復させる手段として、自動車会社との長年の慣行を橋本は改めた。自社製品を自動車会社に販売する際に、自社には価格決定権がなかったのである。自社製品の価格を決められないなどということは、普通の民間企業にとっては異常なことである。従って、長年に渡り自動車会社の言い値で販売せざるを得ない悪弊にメスを入れたことは、一民間企業として極めて当たり前のことだ。
一方で、そうした状況を甘んじて受けざるを得ない力関係が存在したことも確かである。どの世界や業界にも外部から見れば摩訶不思議な長年の慣行が存在するが、中にいる人間にとっては現状を変えるということは外部の人間が考える以上に難しいものである。
橋本は担当管理職と何度も議論を繰り返し、彼らを叱咤激励したのである。過度な理屈偏重に陥ることなく、最前線で交渉に当たる彼らを鼓舞し、最後は経営トップの橋本自身が責任を負うことを明確にした。ここに並みの経営者と、世界を俯瞰し国家規模で物事を考える橋本との根本的な違いがある。
USスチール買収には、当初想定した以上の政治的圧力がかかっているようだ。本書発売後、橋本は会長へ、そして本書でも登場する部下の今井正が社長の座を継いだ。11月のアメリカ大統領選を挟んで、この巨額の買収劇が果たして成功に終わるのか。本書読了後は、橋本劇場第二幕に注目したい。
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提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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