医療・健康産業は儲け、米国民の健康は劣化

その結果は、あきれるほどカネがかかるのにちっとも国民の健康には寄与しないとんでもない医療・健康産業のあり方です。

まずヘルスケア・医療費支出ですが、いちばん上の先進諸国でも突出して高いのがアメリカで、2021年にはGDPの17.8%となっていました。2位のドイツが12.8%ですから、5パーセンテージポイントも2位より高かったのです。

一方、国民の健康を測る尺度として平均寿命を見ると、次のグラフのとおりいちばん健康維持にカネがかかっているアメリカ国民が、こちらは突出して低くなっています。

20世紀のうちは韓国がいちばん低かったのですが、21世紀に入ってからはアメリカがほぼ一貫してビリになっています。2021年の実績ではOECD平均の80.4年に比べると3年強低い77.0年、いちばん高い日本に比べると8年弱低くなっています。

アメリカ国民のヘルスケア・医療費のコストパフォーマンスが極端に低い理由のひとつが、アメリカは、これも先進諸国の中では異例ですが、国民全員に医療=健康保険を提供する仕組みがないことです。

国民皆保険制度のない「先進国」

その結果、アメリカ国民の4割近くが突然大きな医療費のかかる病気や怪我をした場合に全額自費負担しなければならない立場にあります。

これもまた、毎年医療・健康ロビー(日本流に言えば厚生族)の議員たちに巨額の献金をしているブルークロス・ブルーシールズという巨大医療保険会社が、「高齢者にはメディケア、低所得者にはメディケイドという保険があるからそれでいいじゃないか」と国民皆保険制度の導入を突っぱねつづけているからです。

しかし、現実にはこの選別的な医療保険制度はアメリカ国民全体にとって大損になっているのです。国民皆保険にすれば、国が全国民を代表して唯一の買い手として売り手である医療=健康保険会社と交渉するので、それだけ強気に値切ることができます。

アメリカでは、大手保険各社が揃って議員たちに献金してそうさせないようにしているのです。

アメリカの医療機関は高いだけ優秀か?

世の中には病的なまでにアメリカびいきの方々がいらっしゃって「なるほどアメリカは医療費も、医療保険の掛け金も高いかもしれない。だが、病院も市場競争の中に放りこまれているので、高い分だけ先端技術を駆使したり、サービスが良かったりして、消費者が満足する医療を提供している」と、おっしゃったりします。

まったくのウソっぱちです。客観的なデータを見れば、アメリカ国民の健康は高くて品質も悪い医療サービスによって確実にむしばまれています。

上の2枚組グラフは、アメリカは母子双方にとって出産時に亡くなる危険の大きな国だということがわかります。

分娩そのものは国によってそれほど危険性に差があるとは思えないのですが、アメリカの場合母親が薬物依存症などを持っていて、その結果生まれてくる子どもも胎児のうちに依存症になっているため、分娩時の危険が大きくなることはあり得ます。

ただ、それ以上に分娩前後にどの程度ゆったり病室で過ごすことができるかなどの条件が、とにかく入院費がべら棒に高いアメリカでは非常に不利になっているのが実情だと思います。

生活習慣病も簡単に病院に行けないので悪化

もうひとつ、コストが高いので病院に行くのを怖がる人が多いという環境のもたらす深刻な弊害があります。慢性的な病気、とくに生活習慣病などで比較的初期に適切な治療を受けられないために悪化するケースが多いことです。

なお、下段のグラフにはなぜか日本が入っていませんが、他のさまざまな分野では優等生の日本がここではかなり高い位置に入るかもしれないという懸念はあります。

あまりにも病院に行きやすい環境である上に、加齢とともに自然に高くなる最高血圧が年齢不問で130を超えると高血圧と診断され、降圧剤を常用させられるので、2つ以上の慢性疾患を持っていることになる高齢者は多そうだと思うからです。

でも、日本のやや過剰気味の医療と、アメリカの国民の下から半分は切り捨て的な医療を比べれば、間違いなく日本のほうが暮らしやすい国でしょう。

諸悪の根源はロビイスト政治

アメリカでもこうした現状に対する認識も高まり、不満も鬱積していることは次の共和党・民主党それぞれの長老政治家の写真が付いたポスターでもわかります。

とにかく、政治家と大企業が結託して自分たちに都合のいい法律や規則をつくってボロ儲けをするほど、アメリカ国民全体が困窮していくことは明白なのです。

つい昨日も、こうした国民の怒りに油を注ぐような新しい事実が発覚しました。22日にアメリカの医薬品大手の一角、ブリストル・メイヤーズ スクイブがカルナ・セラピューティクスという医薬品開発ベンチャー企業を買収することを発表しました。

これで23日の株式市場では同社の株価が50%近い暴騰となったのですが、議会の審議過程でこの買収が通ることを予測できていたナンシー・ペロシは2~3週間前にまだ安かった同社株を買っていたというのです。

これだけ露骨にインサイダー情報による取引で不正な利益を得ても、連邦議会に議席を持っているかぎり罰を受けることはないそうです。

民主党支持者も共和党支持者も、諸悪の根源はロビイスト政治だとわかっているけれども、なかなかどうすれば現状を打破することができるかはわからないという状況なのでしょう。

たまにトランプのような、大手企業のヒモが付いていない人物が要職に当選したりしても、すぐあちこちから巨額の献金が殺到して、結局同じように巨大企業に有利な政治をすることになってしまいます。

献金する側にとっては勝ち馬がわかってから馬券を買うようなもので、ほとんどギャンブル性のない「確実に儲かる投資」となっています。

それでも誘惑をはねのけて大企業の言いなりにならない議員は、次の選挙で有力な対立候補に巨額献金が集中して落選するというケースも多いようです。

アメリカ国民の中には「ロビイング規制法があるかぎり、議会制民主主義を守っていては多数派の声を反映した政治はできないから、この際直接行動に訴えるべきだろうか」と考え始めた人たちもいるのではないでしょうか。

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