緊縮と増税やむなしの意識は、国債の発行をめぐって「国民1人あたり1085万円の借金」などという説明が正しい表現であるかのように浸透した結果で、緊縮を語る政治家に正当性があるとされ、財政出動を語れば「バラマキ」などと批判されるのが常だった。

だが今や有権者は国民の税負担を軽くし、手取りを増やす政策を掲げる政治家が正しいと判断するようになり、財務省の言いなりになる政治家と、こうした増税政治家に正当性を与えてきた財務省のプロパガンダが不当なものだったと気付きはじめている。

増税政治家に正当性を与えてきた財務省

「国の借金」説で思い浮かぶのは池上彰だ。池上はニュースや世情を解説する番組のみならず新聞やWEB媒体でもPB黒字化の必要性と、国民の負担増を絶対的な真実かつ正義であるかのように伝えてきたが、彼に限らず緊縮・増税派に発言の機会を与え、対立する主張を排除してきたのがマスコミだった。財務省による緊縮・増税プロパガンダは、報道を通じて国民に流布されてきたのだ。

財務省、報道、これらに追随する国民の関係は「扇動の循環構造」に当てはまる。

扇動の循環構造下では、発端となるオピニオンリーダーや政治家の主張や活動が、報道によって取り上げられて虚像を生み出し、虚像の影響を受けてオピニオンリーダーや政治家を支持する人々が登場し、支持されたことでオピニオンリーダーや政治家が主張や活動を拡大させた。

虚像は追随する人々の不安や不満を刺激し、オピニオンリーダーや政治家は人々の負の感情に対して攻撃すべき相手を示唆する。原発事故の例では、放射線と被曝の影響を恐れる人は国や東電を攻撃すべきであると示唆されたのだった。

緊縮・増税プロパガンダは財務省が発端だ。財務省を発端とした緊縮・増税プロパガンダの循環構造では、緊縮・増税の主張を報道が取り上げて「財政破綻」の恐怖を虚像として生み出したのだった。

以降、続きはnoteにて。