そうした「専門家」の主張に従ってコロナワクチンを打ち、亡くなったり、後遺症が残った人がいる。だからといって即「ワクチンは無意味だった」とは決められないが、少なくとも、もはやその存在は隠し得ないし、隠すことは許されない。

ウクライナについても同様だ。西側諸国の支援にもかかわらず敗色が濃くなるにつれて、「専門家」が当初の態度を翻す例が目立ち、かつて信じた視聴者からの批判を受け始めている。

先月話題になった例だが(配信は23年12月)、上記の切り抜き動画の冒頭部では議論の口火を切った専門家が、「ほとんど冗談で投票したらゼレンスキーが当選した……気楽にゼレンスキーに入れたら大統領になっちゃったと。ドラマと同じ展開になっちゃって面白いねっていうことだったわけですし」(発言のママ)と述べて、炎上を招いた。

ゼレンスキーがコメディアンの出身で、政治経験がなかったこと自体はファクトである。しかしウクライナ戦争の開戦時には、そうした事実に言及するだけで「ウクライナ支援に水を差すのか」「プーチンの方が凄いと言いたいのか」「ロシアを利する発言だ」と非難された。当該の専門家自身が、SNSでそうした「不謹慎に見えた発言」へのバッシングを煽ってきたことに関しては、証言に事欠かない(実際に僕も見た)。

結果として、動画の炎上後に専門家氏は追い詰められ、以下の通り表明して、SNSでの発信を停止することになった。

東野篤子氏のTwitter(X)より

この声明は実に奇妙だ。「職場〔発信者は正規の大学教員〕に迷惑がかかる事態はどうしても防ぎたく」とはどういう意味か。ウクライナ支援という国際的な「正義」のために発信を続けてきたのなら、多少炎上したところで職場にいかなる「迷惑」がかかるのか。むしろそうした発言を続ける教員を守ることこそ、大学の義務ではないのか。

それとも指摘されれば職場に迷惑がかかる類の、「不適切」な内容ないし態度でSNSでの発信を行ってきたことを、専門家氏は認めて反省するという趣旨なのか。その場合になすべきは、公開の場での謝罪の表明であるはずだろう。アカウントに鍵をかけて「新規のX投稿を無期限で停止する」のは、単なる言い逃げ学者に等しい、言論人として最も無責任な振る舞いである。

僕は、この人個人を批判したいのではない。この人とは面識も、なんらの恩讐もないし、だからこの人だけが問題を反省すべきだとも考えない。

真に反省すべきは、「専門家」の看板を掲げれば批判はおろか、一切の疑問さえも封殺でき、そうした厚遇を自明視して異論の持ち主(と本人が見なした相手)をいくらでも罵倒することが許される状況。そうした環境を作り出し、その下で収益や視聴率から「いいね」の数まで、おこぼれにあずかってきた人たちの全体であると思う。

13年前の3月11日以降、私たちは誰もが、立場や分野を問わず「専門家」を盲信することの危うさを見せつけられたはずだった。しかしその記憶はいつしか立ち消え、瞬間ごとの空気を読んで「専門家の私が言うから信じろ」と時の世論にお墨つきを与える、民意ロンダリングのようなビジネスが定着してしまった。

眼前の問題への発言権を独占する「専門家」という、正体不明の「言いたい放題パスポート」の発給を、私たちはもうやめる時が来ている。それがコロナで、ワクチンで、ウクライナで、パレスチナで、トランスジェンダーやフェミニズムで、多大な犠牲を払いながらこの社会が学んだ教訓であるべきだ。

「そういうお前はどうなんだ?」と問う人もいるかもしれない。僕は2020年のコロナ禍以来、なにかの「専門家」を名乗って発信したことはないつもりだが、それを理由に自分の言論の責任から逃げることはしない。

少なくとも自分が(読まれたかはともあれ)それなりの回数にわたり発言してきた、コロナワクチンについて、ウクライナ戦争について、しかるべき時期を見て、読者が振り返って妥当性を判断し、批判を含めて論評を仰げるように「これまでの言及」を一覧にしてまとめたいと思っている。

僕に「職場」はない。だから誰かに無理強いされたり、「迷惑」を恐れてやるのではない。それが自分の責任だと思うから、やらないと自分自身が恥ずかしくて居心地が悪いから、やるのである。

読者に乞いたい。「専門家」なる肩書を識者の免罪符に使うことを、もうやめてほしい。それはあなた自身の知性を損ねるだけでなく、当の専門家をも甘やかし、スポイルし、堕落させる。

彼や彼女が専門家か否かは、一切重要ではない。その人は時間が経ち情勢が変わった後でも、自身がかつてなした言動の責任を引き受ける人か。それとも単に「言い逃げ」して姿をくらます人か。それだけを見てほしい。

ホンモノを、応援してください。それができないなら、せめてニセモノの言論を拡散するのを、やめてください。そこにしか、私たちが嵌まり込んだ2020年代の迷路からの出口は、ないと思います。

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2024年3月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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