そこで研究者たちはDNAの配列パターンから、塗り替えイベントが起きた時期と発生地点の算出を試みました。
すると人類のX染色体の塗り替えイベントは、今からおよそ4万5000年~5万5000年前の東アジアを震源地としていることが支持されたのです。
これらの結果は、今から5万年ほど前に東アジアで出現した変異X染色体が、それまで存在した人類の多様なX染色体を駆逐して、アフリカ人以外の人類に急速に拡大したことを示します。
実際、塗り替えイベントの痕跡がある共通性の高い部分では、現在のアフリカ人以外の人類が持っているはずのネアンデルタール人の遺伝子がほとんど存在しませんでした。
人類は今から25万年ほど前にネアンデルタール人と混血し、X染色体にもネアンデルタール人の遺伝子が多くちりばめられています。
ところが5万年前に起きた変異X染色体の塗り替えイベントは、古代から継承されたネアンデルタール人由来の遺伝子のいくつかを上書きしてしまったのです。
しかしそうなると気になるのが、その方法です。
染色体たちの「忘れられた世界大戦」
5万年前の東アジアで出現した変異X染色体は一体どんな手口で、アフリカ人以外の人類のX染色体を自分のコピーと置き換えていったのでしょうか?
研究者たちは、新たに出現した変異X染色体には「Y染色体を運ぶ精子」を殺す力が強かった可能性があると述べています。
X染色体とY染色体は長い進化の歴史の中で、お互いを殺す攻撃力と自分の身を守る防御力を競い合ってきましたが、5万年前に突如出現した変異X染色体は攻撃能力が異常に高く、Y染色体を運ぶ精子を簡単に殺戮できた可能性がありました。
すると変異X染色体が侵入した集団では、変異X染色体を持つ女性が多く生まれるようになり、その女性もまた変異X染色体を持つ娘だけを生むといった連鎖が発生し、広く人類において変異X染色体が急速に拡散していったと考えられます。