「公的医療の範囲」と「併用の可否」は、別問題
そもそも「どこまでの医療を公的給付でカバーするのか?」という話と、(一定の保険外医療が世の中に存在する現実を前にして)「一つの診療行為の中で保険と自費を併用したらなぜいけないのか?」とは、次元の異なる問題だ。しかし当時の論争ではこれらが混濁したまま、議論は主に「自由診療拡大の是非」に集中して行った。
もっとも、併用に関する解禁派側の立場は比較的明快であり、「併用してはいけない理由など無い(だから解禁すべき)」というものだった。しかし、それは本当だろうか?
本稿では「併用で何が起こるか」に焦点を絞って、混合診療問題を再考してみたい。先に結論を述べると、従来の解禁派・反対派と筆者の立場は、以下のように整理できる(※様々な主張が存在したので、大雑把な区分けとご理解いただきたい)。
“混合”診療に特有の状況具体例に即して考えてみる。例えばあなたがある病気か怪我で、手術と数週間の入院治療を受けたとしよう。総額100万円の医療費がかかるが、高額療養費制度のおかげで自己負担は9万円弱で済むとする(大きな入院を初めて経験すると、「こんなに安いの?」と驚く人も多い)。
ここで、後遺症のリスクを減らせるという保険外の追加治療を、医師から10万円で勧められたとする。後遺症はもちろん避けたいが、効果が不透明な治療に10万円は高い気もする。でも今回の治療費を全体として見れば、10万円を追加で払って19万円になっても、払えない額ではない。「健康は何より大事だ。入院本体が安いんだから、まあいいか」と奮発して、あなたはこの追加治療の購入を決めた。
この「本体が安いんだから、まあいいか」が、混合診療に特有だ。完全自由診療なら、こうはならない。100万円にさらに上乗せと言われれば、あなたは一層慎重に検討しただろう。
で、これの一体何が問題なのか?
医療保険制度の目的は、誰もが安価に医療サービスを受けられるようにすることだ。そのために、自己負担額は多くの患者にとって、自分が払ってもよい/払わざるを得ないと思う最大金額(willingness to pay)よりも、かなり低い水準に抑えられている。これはサービスの売り手から見れば、値上げの余地が非常に大きいことを意味する。
上の例は追加治療だが、混合診療が全面解禁されれば、例えば技量の高い医師に「指名料」を設定してもよい。治療内容は保険診療と変わらないのに、価格が上乗せされるということだ。それでも追加料金を払う患者はたくさんいるだろう。元々の自己負担額が安いからだ。
つまり混合診療の本質的な問題は、公的補助によって自己負担が抑えられているがゆえに患者に支払い余力が生まれているという事情につけ込んで、医療の提供側が実質的な値上げを行い得る、という点にあるのだ。これは、公的保険制度の土台を掘り崩すおそれがある。
次回は、この点を簡単なミクロ経済モデルを使って確認したい。
(次回につづく)
※ 個人の見解であり、所属する組織とは関係ありません。
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坂野 嘉郎 投資銀行、医療政策シンクタンクなどを経て、医療ベンチャー企業にて財務を担当。東京大学法学部卒、ハーバード公衆衛生大学院修了(MPH)。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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