中脳はかなり複雑な図形の違いも検知できる
これまでの研究では、中脳による視覚は単純なものの認識しかできず、背景に紛れ込んだ「角度の違う図」のような複雑なものの検出は困難であると考えられてきました。
そこで今回、オランダ王立芸術科学アカデミーの研究者たちは、マウスを使った実験によって、背景と異物を区別する見る能力がどの程度の物なのか、また中脳のなかで特にどの領域が重要となるかを詳しく調べることにしました。
調査にあたってはまずマウスの脳の遺伝子を書き換え、光に反応して脳回路のスイッチをオン・オフに自由に切り替えられるようにしました。
そしてマウスたちの中脳の上丘と呼ばれる脳領域のごく表層付近に光ファイバーを差し込みます。
これまでの研究によって、マウスたちの中脳の上丘付近が、背景と異物を区別する能力に関与していると考えられていたからです。
マウスの準備が済むと次に研究者たちは、マウスたちとのコミュニケーションツールを作成しました。
マウスにも視覚野と中脳による2系統の視覚があり、中脳が背景から異物を区別する機能を担っていることは知られていました。
しかしマウスは人間の被験者と違ってそのことを言葉で教えてくれないため、たとえ盲視(ブラインドサイト)のような変化が起きても知ることは容易ではありません。
そこで研究者たちは上の図のように、Y字型の装置を導入することで、背景に紛れ込んだ異物が左右のどちらにあるかをマウスに教えてもらう仕組みを作りました。
(※異物が左にある時にはマウスはY字型装置の左側を舐め、異物が右にある時には右側を舐めるように訓練しました)
準備が済むと研究者たちはマウスの中脳上丘に光を浴びせ、脳回路のスイッチをオフにしてみました。
するとマウスたちは脳回路がオンのときに比べて、正解となる頻度が大幅に低下していることが判明します。
この結果は、たとえマウスの視覚野が正常であっても、背景と異物を区別する中脳の機能が抑えられた場合、背景から異物を区別する能力が低下することを示しています。
またマウスたちも視覚野と中脳という異なる2系統を使って世界を見ていることがわかりました。
さらに中脳での視覚は、角度の違いのような比較的複雑な図も検知できることが示されました。
研究者たちは同様の仕組みが人間にも存在している可能性があると述べています。
たとえば座頭市のような「盲目の剣豪」は物語のなかでのみ存在しており、常識的には、目が見えない人は左右のどちらから斬りかられているかわからないと考えてしまいます。
しかし、もし座頭市の盲目が視覚野の損傷のみによって起きているならば、盲視(ブラインドサイト)が機能し、敵の位置や剣の動きを検知できている可能性があります。
また中脳による視覚は視覚野の損傷したでは、大きく増強されていることも報告されています。
さらに今回の研究では、中脳による視覚がかなり複雑な図形を認知できることも示されました。
そのため盲目の剣豪という設定は、思った以上に、あり得るのかもしれません。
参考文献
Old area in the brain turns out to be more important than expected
元論文
Involvement of superior colliculus in complex figure detection of mice
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。