単位労働コストの推移(OECD)

これは要素価格の均等化という法則で、生産要素の価格(特に賃金)が世界全体で均等化するのは、水が高い所から低い所に流れるようなものだ。これはグローバリゼーションの宿命ともいえるが、アベノミクスはそれを促進し、国内と海外の賃金が収斂し、国内の格差が拡大したのだ。

黒田日銀が空洞化を促進した

これは黒田総裁の意図ではなかった。彼が2013年に就任したころは「円安→輸出拡大→景気回復」という昔ながらのメカニズムを考えていたと思われる。ところが彼の意図通り円安になったのに、貿易赤字は拡大した。

これは黒田総裁も意外だったらしく、当初は「一時的な現象だ」とか「そのうち海外拠点は戻ってくる」と言っていたが、資本流出はますます進み、所得収支の黒字(対外直接投資の収益)は史上最高になった。大企業の連結経常利益は増え、いわゆる「内部留保」が2010年代に約600兆円に激増した。

このうち現金・預金は約280兆円で、残る320兆円は設備投資や対外直接投資に使われた。日銀の供給した500兆円以上のマネタリーベースは邦銀から大企業に融資され、ゼロ金利の国内ではなく収益率の高いアジアに投資され、日本の対外直接投資は世界最大になった。これが円安の大きな原因である。

日本経済新聞

これはグローバリゼーションの必然的な結果で、アメリカでも1990年代から2000年代初めにかけて、オフショアリングによる雇用喪失が深刻な問題になり、政治的争点になった。それが20年遅れで、日本にも起こったのだ。

それ自体は悪いことではないが、急激な空洞化は国内の格差拡大をまねく。植田総裁も「賃上げをともなう物価上昇」が起こらないと超緩和は解除できないというが、日銀のチープマネーが空洞化を促進したのだから、雇用回復のために必要なのは、まず異常な量的緩和を手じまうことだ。

資本鎖国を打破する「逆産業政策」が必要だ

岸田政権の「賃上げ要請」は、さらにナンセンスである。グローバリゼーションは万有引力の法則のようなもので、政府が低い所に流れる水を逆流させることはできない。

一つの対策は、トランプ政権が試みた保護主義である。関税を上げて輸入を止めれば、グローバリゼーションが止まることは自明だが、これは輸出国にとっても輸入国にとっても損失になる。長期的には保護主義で産業が崩壊することは、農業をみればわかる。

もう一つの対策は、グローバリゼーションの利益を税収で国内に還元することだが、現実には困難だ。現地法人は海外で納税するので、グローバル企業はソフトバンクグループのように数百万円しか納税しないケースが多い。

第3の対策は、グローバリゼーションを徹底し、対内直接投資を促進することだ。それがかつてサッチャー政権がイギリス経済をよみがえらせた政策だった。イギリスの対内直接投資残高はGDPの80%を超え、世界中の金融機関がシティに集まっている。

唐鎌大輔氏

ところが日本の対内直接投資は、GDPの5.2%とOECDで最下位。201ヶ国の中で下から5番目で、北朝鮮より少ない。熊本のTSMCのような新規立地はいいが、外資が既存の企業を買収しようとすると、企業も行政も反対する。法的規制はないが、企業買収に際して雇用を維持する条件がつくなどの非関税障壁が、対内直接投資を阻んでいるのだ。

東京をアジアの「国際金融センター」にするという構想も、法人税率がアジア最高では話にならない。まず法人税率を15%に下げ、金融特区はゼロにするなどの政策が必要だ。「資本鎖国」を打破して資本輸入を促進する逆産業政策が、経産省の新しいミッションだろう。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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