1. 本当に考えるべきこと、必要なこと

    こうしている間にも世界は激動している。

    ウクライナは米国の支援が細ることで苦境に立たされつつあり、イスラエルによるハマスへの攻撃(パレスチナ侵攻)も終わりが見えない。各国が景気後退を見据えて利下げの議論を始めている中、日本は一周遅れで、金利の正常化(利上げ)の議論をはじめようとしている。中国の景気後退が世界経済に大きな影響を与えるかもしれない中、各種政策の実現の可否が、わが国の今後を大きく左右する。

    良く言われる話だが、スキャンダルがどうしたこうしたなどと言っている余裕が日本の政治にあるのだろうかと私も感じる。(責任追及をしなくて良い、ということではない)

    政治は裏金スキャンダル報道一色で、あまり注目されていないが、実は、岸田政権は、割と着実にやるべき政策を粛々と進めている面もある。今月は、日-ASEAN関係発足の50周年を記念して、各国首脳を日本に招き、岸田総理は、数々のバイ会談(相手国首脳との会談)をこなし、マルチ会議(一堂に会しての会議)も主宰している。

    個人的には、古巣の経産省は、このASEANとの会議で、アジアにおける脱炭素を巡って見事なリーダーシップを発揮し、現実的な脱炭素に向けた「アジア・ゼロ・エミッション共同体」を立ち上げた。今次スキャンダルで、安倍派の西村前経産大臣(経産省出身)に代わり、緊急当番した齋藤健経産大臣(やはり経産省出身。朝比奈個人が大いに期待している先輩)の下、恙なく、新たな動きを演出した。

    その他、子ども未来戦略も閣議決定をした。異次元の少子化対策(岸田総理談)は、異次元ではないと批判されるが、これを読むと、実は金額的には「異次元」のところがあり、年間新たに3兆8000億円もの対策を盛り込んでいる。2028年までの集中改革期間を超えると更に倍増という話もある。タクシー運転手不足で首都圏も地方も困惑している中、ライドシェア問題にも道筋をつけた。

    書き出すとキリがないが、要は、大変なスキャンダルの中にありながら、実は岸田政権は、割と粛々と各種政策を前に進めてはいる。ほぼ報道されず、表に出てこないのが残念ではあるが、大事な政策課題は、スキャンダルの勃発に配慮はしてくれない。

    これまた良く言われることではあるが、スキャンダルはスキャンダルとして、原因究明、断罪、再発防止の体制づくりなど、きちんと議論をして対策の実施を図ることが大事だが、それとは別に、本当に大事な課題、即ち本質的に見つめなければならない課題についても、しっかりと考えて対応することが重要だ。

    誤解を恐れずにもう少し突っ込んで書けば、ここで言いたいのは、スキャンダル発生によって、むしろ弱体化してしまうことにも目を向け、日本の国益のために何が大事か、国民たる我々が目先のことに惑わされずに、しっかりと政治に期待を向けて行くことが重要だということである。

    最後にそのことに触れつつ、筆をおきたいと思うが、今年を振り返って強く感じるのは、まさに「不正」「スキャンダル」に揺れた一年であったということ、そして、それによって、中長期的に日本の国益として失ってしまうことが大きいのではないか、ということだ。

    今年は本当にさまざまな不正問題があったが、代表的な不正問題として、3つ取り上げると、1 自民党・安倍派の不正問題(政治資金報告書への不記載)、2 ダイハツの不正問題(各種テストにおける不正)、3 ジャニーズの不正問題(セクハラ)が挙げられよう。もちろん、ビッグモーター、宝塚その他、他の不正問題も目立った年となったが、紙幅の関係もあり、3つに絞ることとする。

    もちろん、各不正とも許しがたい話であり、徹底した浄化が望まれるが、各業界(政界は業界とは言わないかもしれないが)における「巨人が弱体化する」という、実は国益上の危険もはらんでいる。

    つまり、安倍派の弱体化は、国際問題、特に中国などに対してキチンとモノ申す勢力の弱体化を意味するし、ダイハツの弱体化は、親会社のトヨタも巻き込みつつあり、世界に冠たる日本の自動車産業・稼ぎ口の弱体化を意味し、また、ジャニーズの弱体化は、エンタメ界において、韓流その他外国勢の強化(例えば若年アイドルが、ジャニーズを目指すのを止め、韓国の会社への登録を希望するようになる等)を意味する。

    今年あった各種発表に基づけば、我が国のGDPは、ドイツに抜かれて世界4位に転落するのがほぼ確実視され、一人当たりGDPでは、既にG7で最下位となり(イタリアに抜かれ)、韓国とも1位の差しかない(イタリア20位、日本21位、韓国22位)。

    日本経済が全体として弱体化して行く中、日本の若い才能は、芸術・文化・スポーツなどの方により特化していくのが、いわば歴史の常だと思うが(これを私は日本の“古代ギリシア化現象”と勝手に呼んでいる。経済面・軍事面などでは、国家としては、隆盛をしていった当時の古代ローマに劣るが、ギリシアは文化・芸術面などで花開いていた)、端的にいって、きちんとプラットフォームを握る努力をしていくことが大事だ。

    もう少し具体的に書けば、スポーツ界では、大谷選手が1,000億円を稼ぎ、その他久保選手をはじめ多くのサッカーにおける若き才能が欧州で活躍し、エンタメ界でも多くの若手が韓国のグループで活躍したりするのは素晴らしいことだが、良く考えると、彼らはあくまでプレイヤーであり、プラットフォームを握っている会社は、すべて外国である。

    かつて司馬遼太郎は、木曜島の夜会という小説の中で、職人的に深く潜ることなどに専念する日本人の真珠取りのダイバーと、彼らを使って儲ける英国の会社を対比的に描き、日本の求道精神を皮肉とも賞賛ともつかない形であぶり出したが、今流に言えば、プラットフォームを握る、ということの重要性を説いているようにも思える。

    不正を暴き、スキャンダルを叩き、留飲を下げることも分かる。ただ、日本のマスコミは、残念ながら、かつてのメディア人に確かに息づいていた「創る精神」とは違い、叩くこと、つぶすこと、“強き”を単にくじくことに邁進している。そのことで注目を浴び、視聴率を上げ、PV数や発行部数を稼ぎ、「得」をすることしか考えていないと言っても過言ではない。国益や次世代など知ったことではない、という報道ぶりだ。そして、多くの国民は、単にその「お祭り」に乗せられ、怒りをぶつけることしか意識していない。

    繰り返しになるが、不正は不正として正すことが大事だ。巨大な権力は奢りを生む。きちんとお灸をすえ、時に退場を願うことは当然のことである。そして、そうした巨大権力(プラットフォーム的存在)の不正に顔をしかめ、多くの国民・若者は、美しいプレイヤーに惹かれることとなる。芸術・スポーツ・文化の分野で個として頑張ろうという方向に流れる。そのこと自体も素晴らしいことだ。

    ただ、私たちは、本質から目をそむけてはいないだろうか。気づかないふりをしてしまってはいないだろうか。プラットフォーマーをつぶす覚悟で非難するなら、次代のため、新たなプラットフォーマーを創ることを考えなければならない。仕組化して、次代がみな稼げるようなことも意識しなければならない。皆が小泉進次郎になれるわけでもなく、皆が大谷翔平になれるわけでもない。メディアは、そこまで考えてはくれない。目の前の不正を叩き、つぶし、留飲を下げさせて儲けることしか見ていない。

    国際社会の中で沈みゆく日本にあって、人材育成をきっちりと行い、日本の政治の在り方を考える大きなプラットフォームとしての派閥や政党は大事であるし、そうした巨大なプラットフォーム的メーカーも重要であるし、世界で伸びゆくエンタメ産業にあって、国内マーケットでのシェアを守り、海外に打って出るようなプラットフォーム的マネジメント会社も大事だ。そうしたところにまで言及しているメディアは寡聞にして聞いたことがない。

    国際的に存在感をなくす日本の中で、スキャンダルにより、せめてもの存在として力を発揮してきた各種プラットフォーマー的存在が崩壊していくことは仕方のないことではあるが、同時に、我々は世代として、それらに代わるプラットフォームをどう自らの手で構築していくかをメディアに頼らず、国民が、残された政治家が、或いは意識の高い経済人や起業家が考えなけばならない。

    全米でゴジラ-1(マイナスワン)が大ヒットしている。我が国でも大ヒット上映中だ。敗戦の中、更にゴジラに襲われるという戦後日本における架空の設定だが、現在の厳しい状況を表しているともいえる。共感を呼んでいるのはそういうこと(現在の日本とのオーバーラップ)も影響してのことであろう。厳しい中であきらめずに、むしろ敗戦の悔しさをバネに頑張った人物像を描いている名作だと思う。

    2024年は、スキャンダル頻発という「敗戦」の中から、単に不正を非難をしたり、そうした世界から避難をしたりだけするという形ではない、新たな想像力と創造力が求められている。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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