「戦術、三笘」も機能せず

この押し込まれた時間帯でもイラン代表に嫌がられていたのが久保のキープ力と前田のスプリント力の高いプレスでした。しかし、森保監督はこの二人に代えて三笘薫と南野拓実を投入します。

これは結果的に裏目に出ます。やはり久保のキープ力と前田のプレスを失った痛手は大きく、イラン代表の最終ラインでのボール回しに余裕が生まれます。結果的にイラン代表の猛攻は更に激しくなりました。

その影響を受けた日本代表の最終ラインの疲弊は凄まじく、特にもともと不調気味だった板倉滉は悲惨でした。映像越しでもわかるほど疲労の色が見えてきます。視野も狭くなっていたのでしょうね。マイボールになった際に持ち上がってチャンスを伺ういつものプレイを見せていましたが、その後の展開にいつもの冴えはありませんでした。

このような状況で2失点に抑えた健闘はストレートに称えられるでしょう。ですが、敗戦後に森保監督が語った「選手を活かせなかった」という言葉通り、私たちは三笘、南野、そしてスクランブル的に投入された浅野の「らしい」プレイを見ることができませんでした。

対策はできたはずだが…

では、日本代表はどうするべきだったのでしょうか?

まず、イラン代表は日本代表の強みを消す策を少なくとも2つ準備していたのに対して、日本代表の「日本潰し」への対策が一つに見えました。デュエル勝負への対策として戦える選手を送り出し、技術とポジショニング能力を活かした高速パス回しで制圧するという対策です。これは先制点を取るまではかなり機能していたと思われます。

しかし、イラン代表が中盤を省略し日本代表が苦手とする前線へのロングフィードを中心とした日本代表の強みつぶしへとシフトした時の対策がありませんでした。真面目で戦えるDFのがんばりに勝負を託してしまった印象です。

この弱点はもう20年も30年も前から言われているものですが、高速パス回しにその解決策を求めすぎていたのかもしれません。日本サッカーが求める姿の一つが、観ていてワクワクするような高速パス回しにフィールド支配であることは素晴らしいのです。

しかし、イラン代表戦のような展開においては、後ろを熱くして前線にスピードのある選手を置くカウンターサッカーへのシフトがあっても良かったかもしれません。ボールの取り所を前線からのハイプレスではなく、イラン代表が放り込んでくる先に設定する方法です。

たとえば、前線を一枚削って(たとえば堂安律)、左サイドバックに中山雄太を投入、伊藤洋輝をセンターバックに加え、3バック(守備時には5バック)として、ロングフィードへの対応力を高めます。ボール回収力に優れる遠藤を中盤であまらせ、森田、久保もボール回収に参加、前田や浅野、あるいは三笘などのスプリントで勝負できる選手を2枚置くような対策もあり得たでしょう。ベンチには安定感のあるセンターバック(谷口、町田)が二人も残っていたので、疲労が色濃い板倉を交代させてあげるのも一つだったかもしれません。

前半の先制後からすでにイラン代表は日本潰しの次の手を打ってきていましたので、ハーフタイムに修正できたはずでした。しかし、先制までのやりかたにこだわったようで、これが裏目に出た印象です。

できたことをやらなかった…。これがこのゲームの最大の残念ポイントだと私は感じています。

ドイツ代表に勝ってもイラン代表、イラク代表に負けるのはなぜ?

では、アジアではイラン代表にもイラク代表にも敗れた日本代表はなぜドイツ代表に2連勝ができたのでしょうか?それは、ドイツ代表は、「ドイツのサッカー」で日本代表を圧倒しようという真っ向勝負を仕掛けてくれたからです。

一方で、イラン代表は特に先制されてからは自分たちのサッカーではなく「日本の良さを潰すためのサッカー」を仕掛けてきました。日本代表も世界の一流国と闘うときは相手の良さを消すサッカーを展開し、ワールドカップではスペイン代表にも勝利しました。それと同じことを日本代表はアジアではやられてしまうのです。イラン代表戦に至っては、先制してしまったことで「自分たちのスタイルで行ける!!」と思わせられたところまで、ワールドカップのドイツ代表戦、スペイン代表戦の展開と同じでした。

ただ、アジア各国の日本潰しはかなりパターン化しています。日本らしいサッカーを極める、という対策ももちろんですが、タイトルがかかった大会では日本潰しのパターンを取られたときの対策も用意して、適時スムーズに使える準備ができればアジアで負けることは少なくなるでしょう。

今回のアジアカップは20年前の再来はありませんでしたが、次のワールドカップに向けて引き続き応援していきたいと思います。日本代表の本当の冒険はここからはじまるのです。

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授) 臨床心理士(公益法人認定)・公認心理師(国家資格)・1級キャリアコンサルティング技能士(国家資格)。 1990年代後半、精神科におけるうつ病患者の急増に立ち会い、うつ病の本当の治療法と「ヒト」の真相の解明に取り組む。現在は大学で教育・研究に従事する傍ら心理マネジメント研究所を主催し「心理学でもっと幸せに」を目指した大人のための心理学アカデミーも展開している。 日本学術振興会特別研究員などを経て現職。企業や個人の心理コンサルティングや心理支援の開発も行い、NHKニュース、ホンマでっかテレビ、などTV出演も多数。厚労省などの公共事業にも協力し各種検討会の委員や座長も務めて国政にも協力している。 サッカー日本代表の「ドーハの悲劇」以来、日本サッカーの発展を応援し各種メディアで心理学的な解説も行っている。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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