黒田氏が総裁に就任した13年の円の対ドル相場は95円(年間平均)、13年95円、14年103円、15年123円と、円安が進み、退任した23年は132円です。150円台の瞬間もあった。「30年ぶりの円安」「実質実効為替レートは、これまでの最低だった70年8月を53年ぶりに下回った」と、騒がれた。
拡張的財政政策に取り込まれた異次元緩和のアベノミクスが円安をもたらしたといっていい。その結果、世界で3位だったGDP(ドル建て)はドイツに抜かれ、インドにも近い将来、抜かれる。「海外の投資家にとって日本の国力の低下が明確になる」と言われます。
経団連が日銀の金融政策に対する懸念の声をあげています。「円安は中小企業の苦境を招いている。円安は国際的な地位低下につながる」として、その是非を巡り、議論を始めるそうです。
黒田氏自身は「私の履歴書」の中で「日本の物価も上がり始めた。エネルギー価格の高騰、内外金利差拡大による円安による」と認めています。「マネタリーベース(通貨供給量)を2倍、2年で消費者物価上昇率2%を達成する」という初期に示した金融政策ではなく、海外資源高、円安によっても物価上昇がもたらされた。黒田氏はどう考えているのか。
つまり黒田日銀の想定とは全く違う展開で、物価が上がり始めた。貨幣数量説(マネタリズム)を念頭に置いていたらしい黒田緩和政策の敗北といっていい。連載の中で「2%達成の新たなハードルになったのが世界的な原油安だった。原油下落は消費者物価を押し下げる」といっています。原油下落は歓迎すべきことなのです。おかしなことを言うものだ。
財務省内には、国内経済派(財政)と国際金融派の対立がしばしばあった。出口に向かう過程では、利払い費が急増していきます。すでに23年度の利払い費は8.4兆円、24年度は9.6兆円、さらに政府が想定している名目3%成長が可能だったら32年度は18.4兆円に達し、さらに増え続ける。国際金融派の黒田氏は、このことを気にかけていないようです。
歳出を切るか、また国債発行による借金か。後者はもう限界です。少子高齢化対策費、社会保障費、安全保障の強化費、環境対策費など、増えるものばかりです。そこに「大震災が30年以内にくる確率は70%」が実際に起こったら、日本経済、社会は断末魔の苦しみに遭遇する。そこまでいかないと、日本の政治、行政、金融は目覚めないのかもしれない。
黒田氏は最終回で「大きなショックに見舞われたら、内外の過去の例を学び、思い切った対策を素早く決断して実行する。リスクを恐れて優柔不断であることは、事態を悪化させる」と、書きました。
財政膨張策の僕(しもべ)と化した異次元緩和の功罪に気づき、政策を検証し、3、4年程度で方向転換していれば、傷口はこれほど深くならずに済んだ。「素早く決断して実行する」は、黒田氏自身がくみ取るべき教訓であったように思います。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年11月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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