日本経済の国際的地位の低下も無視

黒田東彦・日銀前総裁が11月、日経新聞の人気コラム「私の履歴書」に登場し、驚かされました。「退任後、1年も経たないのに登場したのは異例すぎる」、「巨額の国債発行を日銀のファイナンス(大量購入)で助長したつけは大きい」、「円の通貨価値(ドル建て)が円安で下落し、日本経済の国際的な地位の低下を招いた」など、論点はたくさんありました。

黒田総裁 NHKより

11月末に黒田氏(元財務官僚)の「私の履歴書」は終りました。私の感想は「失望」の一語に尽きます。ご自分の仕事ぶりを丹念に説明した「私の職歴書」という印象です。「都合の悪い問題には触れない。自分の誤りも認めない」という多くの官僚に共通するスタイルを守り切りました。

1か月の連載の冒頭で、「誰かがデフレを止めなければならない。総裁指名を天命と思った」「総力を挙げた大幅な金融緩和で『デフレではない経済』は実現した。企業収益は倍増し、来年には2%の物価目標が持続的に達成されると期待している」と、書きました。

終章の近いコラムでも「幸い経済成長は戻り、就業者も増加してデフレではない状況になった」と、念押ししています。まずまず合格点を取れたといいたいのでしょう。合格点でしょうか。

歯止めがかからなくなった国債発行、国内物価上昇の反面、円の対外価値(為替相場)が下落、身の回りの物品の値上がりが激しいのに2%の物価目標の安定的な達成に至っていないと言い張る。落第点が多すぎる。

黒田氏は相当な自信家です。総裁に就任した13年3月、幹部を集めて「日本経済は15年も続くデフレに悩む。世界中でこんな国は1つもない。中央銀行の主な使命が物価の安定であるならば、98年の新日銀法の施行以来、日銀は使命を果たしてこなかったことになる」と、啖呵を切りました。

これから共に働く人達を前にして、「あなた方は使命を果たしてこなかった」と、ぐさりと突き刺すような挨拶はなかなかできない。「ではあなたが総裁と務めた10年はどうだったのか」と、問いかけたくなる。あまりにも大きな負の遺産を残してしまったのです。

黒田氏は、異次元緩和の出口(政策転換)について、在任中は一切ふれませんでした。「私の履歴書」で説明することを期待していました。一切なしでした。すでに長期金利の上限幅を拡大(1%超を許容)し、出口に向かっています。出口を出たらそこで終りではない。何年かかるか分からない長いトンネルです。出口のずっとずっと先に本当の出口がある。

連載では、海外に多くの人脈を持つ国際派であることを強調しています。それなら黒田氏は、国際的視点に立って、自分の業績を評価していいはずです。それが欠落している。

「物価の安定」(デフレ脱却)のために、超低金利を10年以上も続ける一方で、「通貨価値の安定」が失われ、円安を招きました。「通貨価値の安定」には、国内的な価値(脱デフレ)と対外的な価値(為替相場)の両面からみる必要がある。国際派を自認したいのなら、なおさらです。その視点が全くありません。