立憲民主党が衆院選前から国民民主党と組んで連合を巻き込み、国民民主党案を飲んでいれば、或いは政権交代ができたかもしれないが、野田佳彦代表は石破茂同様、まず目指したのが首班指名で自分が指名されることであり、その後の野党連立政権で国民の意識が変わるような政策を打ち出せなかった為に、結局は政権交代に至らなかった。野党にしてみれば千載一遇のチャンスだった筈だ。その機を逃したのだから、もう野田佳彦が総理大臣になることはない。

『報道1930』で野田代表は、政治倫理審査会に裏金議員と言われる人々を引っ張り出し、必要なら予算委員会においても証人喚問すると息巻いている。しかし、そんなことを国民が望んでいるだろうか?野田代表が強気に出る背景には、衆議院の委員長ポストを五つ、憲法審査会のポストをとったからだろう。

政権交代を目指すための地歩を固めた上で、来年の参議院選挙、場合によっては衆参ダブルにして一気に政権交代を目指すということなのだろう。

ただ、各種委員会の運営も含め、果たしてそれを国民が見た時、仮に未だ批判しかしない野党のイメージが残り、かつ、臨時国会や来年の通常国会でも国民を置き去りにした政権交代ありきの国会運営となった場合、どのような感想を持つだろう?

その意味でも、衆院選挙前から国民民主党の政策を飲む野党連携が取れていたなら、あるいは野田政権が誕生していたかもしれない。つまり、そこは政局で勝ちきれない野田佳彦の弱さを感じる。

裏を返せば、使い物にならない石破茂が首相になる手助けをしたのは、結局、野田佳彦だったということになる。それが政界であり、政治というものだ。その読みの浅さが、立憲民主党が国民から支持されない要因の一つだと考える。

野田佳彦がワンチャン狙っていたのは、大連立であり、暗に石破茂にそれを迫った。ところが、ネバネバ総理は、国政よりも自分が戦後最短の総理になりたくない保身が勝ってしまった。野田佳彦の読みは、石破茂はもっと国民と国政のことを考えていたと思っていたのに、石破茂の本性を見たのではないか? つまり、石破茂は政治家ではあるが自民党という巨大組織を引っ張るようなリーダーではなかった。