武力衝突だけが戦争ではない。知略と策謀をめぐらせた果てに誕生したのが“ゴースト・アーミー”だ――。彼らの戦力は、ゴム製のオモチャの戦車であったというから痛快だ。
■ユニークな特殊部隊“ゴースト・アーミー”とは
第二次世界大戦下のヨーロッパ戦線で精強ナチス・ドイツ軍を煙に巻く秘密の特殊部隊があった。それは米陸軍第23本部付特殊部隊で通称“ゴースト・アーミー”である。その名の通り、幽霊のように実体がない非戦闘部隊であったのだ。
「ゴースト・アーミー」としても知られる第23本部付特殊部隊は、熟練の作戦参謀に芸術家と音響、それに無線の専門家が加わって結成されたユニークな極秘の特殊部隊である。
ゴースト・アーミーは1944年5月から1945年の間に24のミッションを遂行し、ヨーロッパ戦線においてナチス軍を欺き続け、その結果、何千もの連合軍兵士の命を救ったとされている。その存在は終戦後50年近くも秘密にされていて、1990年代半ばになって機密指定が解除されその存在が明るみになった。
米ルイジアナ州ニューオーリンズにある戦争博物館「The National WWII Museum」の学芸員であるラリー・デクアーズ氏は「過去の戦争において敵を欺く作戦は通常は一時的なものでした。しかしこの部隊は敵を欺くために特別に設計されたゼロからの部隊でした」と部隊の特殊性を説明する。
そのアイデアの由来はかつてのイギリス陸軍の作戦にあった。1942年にイギリス陸軍は北アフリカで2000台を超えるダミーの軍用車両を配置し、少しだけ見えるようにカムフラージュしたのである。これに気づいたナチス・ドイツ軍は侵攻作戦を中止したという。
82人の陸軍将校と1023人の兵士で結成されたゴースト・アーミーには美術大学の学生やファッションデザイナー、写真家、画家も含まれていた。デクアーズ氏はこのゴースト・アーミーには4つの鍵となる要素があると解説している。
1つ目は“オモチャ戦車部隊”である。特別に作られたゴム製の膨張式ダミー戦車は兵士数人で運ぶことが可能で、現場で空気を入れて膨らますと遠目に見れば実際の戦車のように見えるという巧妙な“オモチャ戦車”であった。作業は20分ほどで完了したという。
2つ目の要素は、偽の無線信号である。熟練した無線の専門家が米陸軍のモールス符号を巧妙に模倣して、この部隊が本物の軍隊のであるかのように偽装することができたのだ。
3つ目の要素は音響である。軍事訓練演習と塹壕と橋の建設の音を録音し、音響エンジニアがそれを編集して臨場感溢れる音源を作成。この音源をドイツ軍に聞こえるように大きなスピーカーで流したのである。つまり現地で何らかの活動が行われていることを偽装したのだ。
4つ目の要素は味方の部隊に成りすます雰囲気の偽装である。他部隊の部隊章や師団章も作戦ごとに周到に車両や軍服につけ、実在する部隊があたかもそこにいるように偽装し敵を混乱させたのだ。
ごく少数の砲弾しか持たなかったゴースト・アーミ―は、こうしたギミックでナチス・ドイツをヨーロッパ各地で煙に巻いたのだ。