最初は、「教会内の壁の小ランプの光の影響かな」と考えたが、そうではないのだ。プーチン氏の真後ろにはランプは灯っていない。教会内のイコンが写っている。聖人には後光が描かれている。同じように、プーチン氏にも後光が見えるのだ。プーチン大統領が突然、聖人になったのだろうか。ロシア当局がプーチン氏の権威を強めるために後光付きのプーチン氏の写真を配信したのではないかと憶測もしたが、写真には作為の痕跡が感じられないのだ。

プーチン大統領といえば、国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪人として逮捕状が発布されている政治家だ。主権国家ウクライナに軍事侵攻し、多数の民間人を殺害している張本人だ。そのプーチン氏が平壌の正教会内で撮った写真に後光が写っている。それだけではない。正教会のキム大主教と会話しているプーチン氏の顔は非常に柔和な印象を与えるのだ。プーチン氏は突然、北朝鮮を訪問して聖人になったのだろうか。

私事だが、当コラム欄で最近、ロシア語のコメントが寄せられてきた。そういうこともあって「当方氏はロシア語の読者に媚びる記事を書いているのではないか」と疑われるかもしれないが、そうではない。

プーチン氏は宗教的な観点からいえば、極悪人だが、プーチン氏が時たま見せる目線、表情には非常に宗教性を感じることがあった。「プーチン氏はアンチ・クリストだ」という人もいる。極悪人のプーチン氏が時たま見せる不思議な宗教性を当方は無視できないのだ。

ちなみに、ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン氏がロシア正教会の洗礼を受けた経緯を語ったことがある。曰く、「父親の意思に反し、母親は自分が1カ月半の赤ん坊の時、正教会で洗礼を受けさせた。父親は共産党員で宗教を嫌っていた。正教会の聖職者が母親に『ベビーにミハイルという名前を付ければいい』と助言した。なぜならば、洗礼の日が大天使ミハイルの日だったからだ。しかし、母親は『父親が既に自分の名前と同じウラジーミルという名前を付けた』と説明し、その申し出を断わった」という(「正教徒『ミハイル・プーチン』の話」2012年1月12日参考)。

クレムリン公式サイトを追っていると、プーチン氏は忙しい政務の間も正教会のイベントには欠かさず参加している。ロシア正教会は5月5日、復活祭を祝ったが、その時もプーチン氏はモスクワ市長と共に正教会を訪ねている。欧米社会はキリスト教社会というが、教会の祝日や祭日にこまめに顔を出して祈る政治家は多くはいないだろう。曰く、政教分離だから、という言い訳が常に飛び出す。

プーチン大統領は2022年2月24日、ウクライナ侵攻への戦争宣言の中で、「ウクライナでのロシア系正教徒への宗教迫害を終わらせ、西側の世俗的価値観から守る」と述べ、聖戦の騎士のような高揚した使命感を漂わせた。ロシア正教会最高指導者キリル1世はウクライナ戦争勃発後、プーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説するなど、同1世は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。

モスクワの赤の広場前には聖ウラジミール像が建立されている。モスクワ生まれの映画監督、イリヤ・フルジャノフスキー氏はオーストリアの日刊紙スタンダードとのインタビューの中で、「プーチン氏はクレムリン前にキエフ大公の聖ウラジミールの記念碑を建てた。聖ウラジーミルはロシアをキリスト教化した人物だ。プーチン氏は自身を聖ウラジーミルの転生(生まれ変わり)と信じている。この論理は西洋では理解できないだろうが、ロシアでは普通だ」と説明していた。

モスクワ総主教キリル1世は説教の中で、「プーチン大統領によって解き放たれた戦争は西側の同性愛者のパレードからロシアのクリスチャンたちを守る」と述べている。

プーチン氏は、西側の退廃文化に対する防波堤の役割を演じ、近年、正教会の忠実な息子としての地位を誇示してきた。同時に、莫大な国の資金が教会や修道院の建設に投資され、ソビエト連邦の終焉後はほとんど不可能と考えられていたロシア正教会のルネッサンスに貢献している。

ドイツのミュンスター大学東方教会研究・エキュメニクス学部長のレジーナ・エルスナー氏は3月6日、カトリック教会系ラジオとのインタビューで、「宗教界がどのようにして戦争を承認できるのか」と問いかけ、「ロシア正教会の宗教的神話と政治イデオロギーが結合することで‘宗教ナショナリズム’が生まれてくる。それがロシアのアイデンティティーとなり、西欧文化、グローバリゼーションと闘うという論理が生まれてくるわけだ」と解説している。

プーチン氏に後光が差しているのをみた時、納得できる説明が浮かんでこなかった。しばらく考えていると、突然「善人なおもって往生を遂ぐいわんや悪人をや」(歎異抄)といった親鸞聖人の言葉を思い出した。プーチン氏に後光が差したとしても不思議ではないのかもしれない。以上、バイデン・トランプ両者の討論を聞いて朦朧とした頭を駆使しながら考えた結論だ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。