米国で共和党全国大会が開催され、暗殺事件をかいくぐったトランプ前大統領が正式に大統領候補として指名された。注目は、秘匿されていた副大統領候補が、J.D.ヴァンス上院議員となったことだ。
ヴァンス氏は、すでに広く報道されている通り、ラストベルト/スィング州の典型であるオハイオ州選出の39歳の若手である。
特筆すべきは、貧しい労働者階級の町で離婚と薬物中毒を繰り返す母の貧困家庭で育ったこと、高卒で海兵隊員となってイラクで従軍した経験を持つこと、除隊後に苦学してオハイオ州立大学からイェール大学に進んで弁護士資格を取得した異例の経歴を持つこと、二年前に浪人中のトランプ大統領の支持を受けて当選したこと、などだ。
自身の半生をつづって2016年に公刊した『ヒルビリー・エレジー』(邦訳は2017年)は、ラストベルトの貧困家庭の出身でありながら、海兵隊での経験と大学での苦学をへて、エリート高額所得層に入った異色の経歴が、当時のトランプ・ブームと重なって大きな注目を集め、ベストセラーとなった。
自らを「アパラチアからのヒルビリー移住者」(要するに貧しい田舎の出身者)と定義するヴァンス氏の自伝の著作は、非常に興味深いエピソードが、引き込まれる語り口で次々と紹介されてくる。
この本自体についてはすでに多くの論評がなされているはずなので、私自身がここで細部を書く必要はないと思うが、際立っているのは、ヴァンス氏の奥深い人間への観察眼だ。不幸な家庭で育ったがゆえに自分が心理的トラウマを抱えていることにも深く自覚的であり、彼の反省は、自己のトラウマとの格闘と言っても過言ではない。ただし同時に、他者に対する分析眼も相当なものだ。
日本の報道では、「トランプ以上の孤立主義者」「日鉄のUSスチール買収に最初に反対」「トランプにすり寄った転向者」といった描写が走り始めており、若い強硬な田舎出身の保守主義者、というイメージになっているようだ。