ただし、たとえばフランスのシュナッペは、「福祉国家(État-providence)は、民主主義が求めてきた成果であり、生産者と消費者の割合や国民のうち社会的サービスの提供者と受益者の人口比率を増加させる」(Schnapper、2003:26)としたように、「社会国家」論は、「ナチズム体制や社会主義体制(旧東ドイツ)への適用を意図したもの」(同上:396)とは異質な概念であるとのフランス的な見解がある注15)。

「戦時国家」は「社会国家」の前に「軍事国家」である

高岡が繰り返すように、「戦前の『社会(的)国家論』で重要なのは、それが単なる『社会政策』の問題にとどまらず、産業・経済をも含んだ広範な領域における『社会化』の問題(≒『自由主義的資本主義』の修正の問題)として論じられていることである」(同上:396)。しかし、そこには肝心の戦前における「戦時国家」における軍事面への配慮が国家論に含まれていない。

そのために、とりわけ日本では「第二次世界大戦後に登場する『福祉国家』welfare stateは、19世紀にさかのぼるこのような『社会(的)国家』論を歴史的前提とする」(同上:397)と言い切っていいのかどうかためらいが強い。なぜなら、「戦時国家」日本を「ファシズム」として理解してきた歴史があるからである。

「社会化」の理解が社会学とは大きく異なる

その理由は、「社会化」の理解が高岡の場合は、

壮丁体位低下の実態と配慮、衛生主義(第1章)、 農村社会政策、国民健康保険、商工主義的人口政策、農本主義的人口政策、分村移民事業(第2章) 生産力主義社会政策、労務動員計画、年金保険構想、住宅供給計画(第3章) 民族問題としての人口問題、戦時人口政策、農業人口問題、国土計画(第4章) 健兵健民政策、医療制度の構築、国民体力管理

などに具体化されているからである注16)。