■帰国後に著書が大ベストセラーに

 だが、オランダ領へと逃げ込む作戦は困難を極めた。

 海上を移動する試みは敵艦のパトロールを突破することができず、先住部族との争いも頻発し、マラリアなどの病魔に斃れるメンバーも続いた。

 ドイツのルター派伝道所にお忍びで身を隠すなどしながらサバイバルは続くも、1918年11月11日にドイツが降伏したことで、オランダ領に逃げ込む意味は失われた。

 それでも年内はジャングルに身を隠していた一行だが、年が明けた1919年1月5日、ついに白旗を上げて降伏した。ドイツ軍兵士として一番最後の降伏だったということだ。

 敵から身を隠し、熱帯の病気に悩まされ、そして隙あらば彼らを殺して食べたいと考えていた人食い部族をかわしながらサバイバルした疾風怒濤の4年間であった。

 ドイツに戻ったデツナーは、戦地において最後まであきらめなかった国民的英雄として歓迎され、一躍有名人となり少佐に昇進した。

 そして彼はニューギニア島でのサバイバルの4年間を綴った著作『Four Years among the Cannibals(人食い部族に囲まれた4年間)』と、現地調査の成果を記した著作『Kaiser-Wilhelmsland, nach dem Stande der Forschung im Jahre 1919(カイザー・ヴィルヘルムス・ラント ― 1919年の調査による)』を上梓し、どちらも大ヒットを記録した。

 特に『人食い部族に囲まれた4年間』は、まるで血沸き肉躍る冒険小説のようなエンタテインメント性もあって好評を博し、フランス語、英語、フィンランド語、スウェーデン語に翻訳されて大ベストセラーとなった。

 また『カイザー・ヴィルヘルムス・ラント ― 1919年の調査による』の方も、この未開の地域の非接触先住民の文化と風習への詳細な調査が学術界で好評を博し、ベルリン地理学会、ライプツィヒ地理学会、大学など数々の権威ある組織から名誉学位といくつかの賞、メダル、称賛を獲得した。

 しかし話は予期せぬ方向へと転ぶ。ニューギニア島で“残党狩り”をしていたというオーストラリア軍の元兵士が、当時デツナーの部隊を常に追跡していたが、事実は著書の内容とはまったく違うことを新聞に投書したのだ。

“人食い部族の島”を生き抜いたヘルマン・デツナーの秘密とは? 死ぬまで口を閉ざした男の謎に満ちた4年間
(画像=ニューギニアからドイツに届いた絵葉書 By no author information available – Spiegel online: Der Münchhausen der Südsee (posted 1 April 2008). Spiegel gives its source only as “PD”., PD-US, Link,『TOCANA』より 引用)

 さらに、デツナーを匿った伝道所の宣教師2人も、部隊が戦場アクション映画さながらのサバイバルをしていたわけではなく、むしろ身の危険が及ばない場所で島の動植物を思う存分研究していたと証言したのである。

 このような声が出始めたこともあり、著書の記述を検証する動きが起こり、その内容には矛盾や脱落、場所の名前の誤り、計算の誤り、そして完全な虚偽が多く含まれていることが明らかになった。結局、デツナーの描写は実際に起こった出来事して信頼できるものではなく、一種の娯楽小説のようであるとの見解が大勢を占めることなったのだ。

 多くの公的な批判の後、デツナーは話のいくつかの部分を装飾し、美化した可能性があることを認めた。しかし、具体的にどの部分が虚飾であるかを正確に言及することはなかった。

 デツナーは権威あるベルリン地理学会を自ら脱会し、世間から忘れ去られ、1970年に88歳で亡くなるまで口を閉ざした隠遁生活を送った。

 優秀で信頼の置ける実直な測量士として確固たる地位を築いていたデツナーが、ニューギニア島での経験を装飾する必要性を感じたのはなぜなのか。回顧録のどの部分がでっち上げであるかを説明していないことに何か理由があるのだろうか。

 これらの質問に対する答えが何であれ、ヘルマン・デツナーは歴史上注目すべき人物であり、第一次世界大戦と欧米列強の植民地時代の興味深いスナップショットである。晩年は何も語らずにこの世を去ったデツナーに隠されたサイドストーリーがあったのかどうか、今となってはそれを知る術はないのだろう。

提供元・TOCANA

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