スイスの和平会議開催直前、ロシアのプーチン大統領は自身の和平案を発表している。曰く、①ウクライナはロシアが占領した4地域を断念し、そこから軍を撤退させる、②ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)の加盟を諦める、③キーウ政府に親ロシア政権を発足させる、といった内容だ。プーチン氏自身、このような和平案をウクライナが受け入れるとは考えていないだろう。すなわち、ロシアはウクライナとの間で和平を実現する意図がないことを端的に明らかにしたわけだ。
一方、ゼレンスキー氏は2022年10月に提示した10項目の「平和の公式」(Peace Formula)で、ウクライナの主権尊重、ロシアの占領地の返還を明記している。プーチン大統領は絶対に受け容れない内容だ。すなわち、ロシアもウクライナも今、交渉のテーブルに着いたとしてもそのスタートポジションは180度違い、妥協の余地がないのだ。ゼレンスキー氏は15日、ロシアの軍侵攻を「犯罪」と糾弾しているし、プーチン大統領をこれまで何度も「テロリスト」「戦争犯罪人」と非難してきた(「ゼレンスキー氏の愛する『平和の公式』」2023年12月15日参考)
国際法から見るならば、主権国ウクライナに軍侵攻したロシアは明らかに加害者であり、ウクライナは被害国だ。しかし、公平の旗、正義の旗を振ったとしても、プーチン氏は自身のナラティブを放棄しないだろうし、ロシアを支持している中国共産党政権もモスクワ支援を止めないだろう。グローバルサウスは政治的、経済的思惑もあって態度を明確にせず、ロシアとウクライナの間を泳いでいるだけだ。
イタリア南部プーリア州の先進7カ国首脳会議(G7サミット)、ブリュッセルのNATO国防相会議、ベルリンのウクライナ復興会議、そしてスイスの「和平サミット会議」と国際級の会議が続けて開催された。夏季休暇をエンジョイするために宿題に取り組む学生のように、参加国はウクライナへの継続的な支援で結束し、ウクライナ領に侵攻したロシアを批判した。
目を戦場に移すと、ロシア軍のウクライナ南部・東部の攻勢は続いている。一方、ウクライナ軍は欧米諸国からの武器もようやく届き、武器不足を少し解消する見通しだ。そのうえ、米国や独仏英は供給した武器をロシア占領地への攻撃に使用することを承認した。しかし、ゼレンスキー大統領が主張する占領地の解放までにはほど遠い。
マンゴット教授は「ロシアはあと2、3年は戦争できる力を有している。一方、ウクライナはどうか。ウクライナ軍は前線をキープできるが、もはや攻勢は期待できない。欧米諸国のウクライナ支援はあと何年続くだろうか。ウクライナ軍の兵士不足はどうなるのか」と指摘している。国際法は公平と正義をウクライナ側に認めているが、戦場では依然、ロシア側が攻勢に出、停戦の可能性は現時点では少ない。
和平会議の会議場、ホテル「ビュルゲンシュトック・リゾート」からルシェルン湖が見える。美しい湖を書割とする会議場のテーブルには、中国外務省が2023年2月24日、ウェブサイトで掲載した12項目の和平案、ゼレンスキー氏がG7首脳に提唱した10項目から成る「平和の公式」、そしてプーチン氏の停戦案が、それぞれ相手の和平案を威嚇するように並べられている。
スイスでの「和平サミット会議」は、ウクライナ国民が失った平穏な日々を取り戻すためにはまだ長い道のりがあることを示した会議でもあった。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。