「不慮」の死を嘆く声も。

生前のナワリヌイ氏は欧米メディアや人権団体から、「リベラル」、「体制変革者」として持ち上げられていましたが、中身はプーチンに負けず劣らずの民族主義者でした。

また、ナワリヌイ氏はプーチン氏と同じようにロシア人とウクライナ人が民族的には同じであり、いずれかは一つの民族として融合するべきだと示唆していたことがあります。その手段として何を用いる予定だったのでしょうか?

「もちろん、今私たちがウクライナとベラルーシと一つの国に住んでいれば素晴らしいのですが、いずれにせよ遅かれ早かれそうなると思います」とナワリヌイ氏は2011年にプーチンの口からも簡単に出てくるような感想を述べた。

ナワリヌイ氏の生と死はロシアの可能性と限界を我々に教えているのではないでしょうか?

アレクセイ・アナトリエヴィチ・ナワリヌイ氏 同氏インスタグラムより(2023年6月)

 

 

 

 

 

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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