ガストロフィジックスは「ポテトチップス」から始まった

彼らは巷で主張されてきた食感における咀嚼音の影響に疑問を持ち、実際に実験を行いました。

参加者は小さな防音ブースに入り、ヘッドフォンを付けた状態で、ポテトチップスを前歯で噛み、食感(サクサク感と新鮮さ)の評価を行っています。

参加者は咀嚼音を直接聞くのではなく、ヘッドフォンから参加者の咀嚼音を間接的にマイクで拾った音を聞いています。

実験の様子。食感の評価はペダルを踏むことで行った。
実験の様子。食感の評価はペダルを踏むことで行った。 / Credit: Zampini & Spence, (2005)

その際、実験者はヘッドフォンで流れる音声の高周波数領域と全域を操作し、高周波数成分(ポテトチップスを噛んだときの「パリッ」)や音量を増強したりしています。

つまり毎回食べているポテトチップスは同じですが、咀嚼音だけが変わっています

高周波成分が増強された音は噛んだ時の「パリッ」という音がより強調され、減衰された音は「パリッ」という音が抑制された音になります。

実験の結果、音量がある程度大きい場合は、音は噛んだ時の「パリッ」という音がより強調されほうがポテトチップスの食感がより新鮮だったと感じていました。

実験の結果を改変。
実験の結果を改変。 / Credit: Zampini & Spence, (2005)

また参加者は音が異なるときに同じポテトチップスを食べていることに気付いていなかったのです。

この結果はポテトチップス自体は変わっていないのにもかかわらず、咀嚼音を変えるだけで、食感がよりサクサクで、新鮮だと感じる錯覚が生じたことを意味します。

この現象は後続の研究でも再現されており、リンゴをかじる時の音を操作することで、新鮮さと噛み応えの評価を変えることに成功しています。

ではこの咀嚼音が食感を変える現象にはどのような応用価値があるのでしょうか。

それは柔らかくて食べ応えがない介護食を食べる際に咀嚼音を変え、食感を増し、食事に対する満足感を高める方法が考えられます。

実際に産業技術総合研究所の遠藤洋史氏らの研究では、介護食を食べている参加者に、咀嚼時に動く咬筋の筋電波形を音に変えたうえでフィードバックを与え、食感と満足度が変わるかを検討しました。

結果、音声フィードバックにより咀嚼音を増強された人は、介護食の噛み応えがより感じ、口に運ぶ量が増え、食事に対する満足度が高まったのです。

この結果は、咀嚼音が食感を変える現象がポテトチップスの「サクサク感」を高めるだけでなく、介護食の満足度を向上させるなどの可能性を秘めていることを示唆しています。

湿気ってしまってチップを食べるときも、パリッとしたいい音の動画を探して聞きながら食べたら美味しさを改善できるでしょう。

もしかすると、ダイエット中の食事で咀嚼音を増強することで少ない食事量で満足することができるかもしれません。

参考文献

Crisp sounds

元論文

The role of auditory cues in modulaiton the perceived crispness and staleness of potato chips

Effects of the sound of the bite on apple perceived crispness and hardness

The effect of a crunchy pseudo-chewing sound on perceived texture of softened foods

ライター

AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしています。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。趣味はプログラムを書くことで,最近は身の回りの作業を自動化してます。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。