星雲か? 銀河か? 初めて渦巻銀河をスケッチしたロス伯爵
外の銀河の詳細を初めてスケッチしたのは、莫大な財産を持つアイルランドの貴族、第3代ロス伯爵ウィルアム・パーソンズでした。
一般にはロス卿と呼ばれるこの人物は、玉の輿で莫大な財産を手にしましたが、飢饉の時期には農民たちから小作料を受け取らず、地域社会のために資金を振り分けるなど人望ある政治家でした。
そんな彼の人柄はともかく、ロス卿は天体観測に強い情熱を傾ける天文学者でもあり、職人たちとともに鉄くずにまみれながら、当時としては世界最大級となる重さ3トン、直径1.8メートル、長さは16.5メートルにもおよぶ巨大望遠鏡を3年の歳月を費やして建造したのです。
この怪物級の望遠鏡は、かすかにしか見えない星さえも明るく映し出し、ぼんやりした雲にしか見えなかったメシエカタログの星雲の詳細な姿も明らかにしたのです。
ロス卿がこの望遠鏡によって最初に詳細なスケッチを行ったのが「M51」星雲で、これは現代では子持ち銀河と呼ばれているりょうけん座にある渦巻銀河です。
下の画像の左がロス卿のスケッチ、右がNASAのハッブル宇宙望遠鏡が撮影したM51の姿です。
これを見るとロス卿はリヴァイアサンと呼ばれた望遠鏡を使って、見事な精度で銀河の渦巻構造をスケッチしていたことがわかります。
この銀河には腕の先に小さな伴銀河があり、そのためこれはロス卿のクエスチョンマーク星雲という呼び方をされることもあります。
これは当時のヨーロッパでも大変話題になり、ゴッホの星月夜の絵画はこのスケッチにインスピレーションを受けたという噂もあるほどです。
光学観測の精度が上がったことで、星雲の持つ構造の複雑さが徐々に明らかになってきました。ロス卿はこの観測から、星雲がただのガス雲ではないと考えるようになりました。
「星雲それ自体には、星がたくさん散りばめられている」
彼はそう考えたのです。
しかし、彼のスケッチはそのことを証明する決定的な証拠にはなりませんでした。
なぜなら、当時の知識ではこの天体がどのくらいの距離にあるのかということは不明だったからです。
この天体が天の川銀河の中にあるのか? 外にあるのか? それが分からなければM51が単に複雑なガス雲なのか、星の集まった別の銀河なのか答えることはできません。
星雲か? 銀河か? この論争に決着をつけるには、天体との距離を調べる方法が必要だったのです。