① 英文学者の北村紗衣氏
病院では「薬を飲んだからといって人の気持ちが急にわかるようになるわけでもありませんし」と言われたのですが、その時思ったのは、「別に今から人の気持ちがわかるようにならなくてもいいのでは?」ということです。そもそも、今まで私は39年、人の気持ちがよくわからない状態で暮らしてきて、……今からまた自分や他人をキライになる可能性があるようなことは別にしたくありませんでした。
Wezzy 2022年9月10日 近く閉鎖されるためアーカイブ
② 元タレントの木下優樹菜氏
「ADHDの私から伝えたい事があります【ユキナの告白】」と題した動画で脳の周波を調べに「ブレーンクリニックに行った」と報告。……「ADHDも発達障害も、やらかした人が免罪符のように持ち出すのには違和感」という指摘や自閉症の息子を持つと自称する人から「発達障害を盾にする人は大嫌い」といった声もあった。
中日スポーツ 2022年7月26日
③ 元プロゲーマーのたぬかな氏
「あ!ADHDバリア使うか!ADHDバリア使えばけっこう何言っても大丈夫らしいよ」と発言。そして、被害者ぶったわざとらしい女性を演じて、「ADHDなのに……仕方ないじゃないですか。人の気持ちが分からないんで、そういう(差別的な)発言をしてしまったんです。謝罪するのはあなたたちのほうです。私は病気なんです!……っていうアピールで言ってみます?無敵やん」と茶化した。
週刊女性PRIME 2023年2月23日
上記のうち、きちんとした医療機関の診断に基づくと思われるのは①の北村氏のみです。②の木下氏は後に、文中にある「ブレーンクリニック」の非科学的な治療方針が報じられて物議をかもし、③のたぬかな氏になると、最初からネタとしての発言ではと考えざるを得ません。
発達障害がカジュアルに口にされるようになった原因は、「純粋に認知機能のみに関わる疾患」という採り上げ方で報道されたことでしょう。うつ病のような身体症状や、統合失調症で見られる幻覚・幻聴は伴わない(ものとして報じられた)。
結果として「周りと違って『空気を読まない』発達障害は、実はギフテッド(恵まれた才能)」といった演出も流行しました。だから、特にメディアで話題となり広く知られた後には、相対的にカミングアウトしやすい。
しかし人間は一人では生きていけないので、認知のしかたが「ふつう」とズレていることは、連鎖的に大きな困難を引き起こすことがあります。
判決前に『朝日新聞』の取材で述べたとおり、京アニ事件の被告も、自身の着想と重なる表現をすべて「盗作された」と思い込む認知のずれ(裁判資料によれば、家族は発達障害を懸念し、後に統合失調症の診断を受けていた)を、周囲とすり合わせられない社会的な孤立が犯行の背景となりました。
とはいえ今からもう一度、かつて「ふつう」とされた基準に同調圧力で全員を合わせよう、などという発想はあり得ません。
せっかくの発達障害理解の定着を無にすることはできないし、好ましくもない。それなら私たちは、この「ふつう」が壊れきってしまった社会を、どう手当てしてゆくべきなのか?
日本のメディアが発達障害を頻繁に採り上げ出すのは2015年で、今年はそこから10年めになります。そろそろ目新しさのみに依存しない、内実を伴う振り返りがあってよい頃でしょう。
根源的ゆえにあまり問われていない問いを、「保守とリベラル」の間でしっかり議論する対談になっていればと思います。多くの方にお目通しいただければ幸いです。
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2024年2月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
【関連記事】
・「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
・大人の発達障害検査をしに行った時の話
・反原発国はオーストリアに続け?
・SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
・強迫的に縁起をかついではいませんか?