ロシアで3月17日、大統領選挙が実施されるが、現職のプーチン大統領の通算5選は確実視され、国民には欧米諸国のような選挙戦の高揚感はない。全てはクレムリン指導者の計算通りに進行している。与党「統一ロシア」は昨年12月17日、第21回党大会でプーチン大統領を全会一致で支持することを決定したばかりだ。

プーチン大統領、セルゲイ・クラフツォフ教育相と会談(2024年01年15日、クレムリン公式サイトから)

その一方、ロシアでは欧米諸国では見られない、というか特異な現象が頻繁に起こっている。プーチン大統領批判者で知られ、ロシア軍のウクライナ侵攻を「戦争犯罪」と指摘してきた同国の著名な詩人レフ・ルビンシテイン氏(Lew Rubinstein=76)が1月8日、モスクワで車に跳ねられ重傷を負って病院に運ばれた後、14日、76歳で亡くなったのだ。娘のマリアさんがウェブサイト「ライブ・ジャーナル」のプログで明らかにした。

モスクワ交通局の説明によると、運転者は過去、何度も交通違反を犯してきた人物で、詩人が横断中、横断歩道の前でも速度を落とさなかったという。要するに、ルビンシテイン氏は暗殺でも何でもなく、普通の交通事故で死去したというわけだ。

AFPによると、「ルビンシテイン氏は1947年にモスクワで生まれで、1970年代と80年代のソビエト地下文学界の著名人の一人。彼は社会主義リアリズムを否定し、嘲笑した「モスクワ概念主義」の共同創設者だ。演劇と詩を組み合わせた独自のジャンルを生み出した。ソ連崩壊後、ルビンシテイン氏はロシアで有名になり、彼の作品は有名な出版社から出版され、いくつかの言語に翻訳されている。ルビンシテイン氏はジャーナリストとしても活動していた」という。

ルビンシテイン氏はプーチン大統領に対して公然と批判し、反体制派デモにも参加、国内の人権蹂躙を激しく糾弾してきた。ルビンシテイン氏は2022年3月、他のロシアの作家たちとともに、ロシア軍のウクライナ攻撃を「犯罪戦争」と呼ぶ公開書簡に署名した。ルビンシテイン氏はこれまで逮捕されたり、拷問を受けたり、毒殺の危険にも遭っていない。しかし、彼の悲劇的な死は今年1月にやってきたわけだ。ロシアには自由な市民や独立した詩人の居場所はないことを改めて示したことになる。

残念なことだが、ルビンシテイン氏の悲劇的な事故死はロシアでは決して珍しくはない。過去20年にわたり、ロシアではクレムリンに批判的な政治家、ジャーナリスト、実業家、文化人の“奇妙な死”が頻繁に起きているのだ。

ドイツ民間ニュース専門局ntvによると、例えば、ロシアのエネルギー分野の幹部たちの一連の原因不明の死が続いている。ロシアの石油会社ルクオイル・グループのラウイル・マガノフ会長(67)は2022年夏、モスクワの病院敷地内で死亡しているのが発見された。ロシアのメディアによると、同氏はロシアの政治・経済エリートが治療を受けるロシアの首都中心部の病院に入院していたが、6階の窓から転落したという。なぜ転落したのかは不明という。

病院はマガノフさんの死亡を確認したが、状況についてはコメントしなかった。国営通信によると、当局は自殺とみている。ロシアのメディア報道によると、2022年5月に元ルクオイル取締役アレクサンダー・スボティン氏が奇怪な死を遂げた。

また、ガス大手ガスプロムを中心とするロシアのエネルギー部門に関与してきた人物が相次いで事故死している。ユーリ・ヴォロノフ氏(61)はサンクトペテルブルク郊外の別荘のプールで頭部に銃撃を受けて死亡しているのが発見された。この大富豪は、北極でガスプロムと有利な契約を結んでいた物流会社を所有していた。ロシアの捜査当局はヴォロノフ氏の死を「ビジネスパートナーとの紛争」が原因だとしている。