実際に存在する“この世の地獄”
数年後の1960年代初頭、この“シビュラの洞窟”のストーリーに興味を持ったイギリスの考古学者、ロバート・パジェットは同僚のキース・ジョーンズとボランティアによる調査チームを結成し現地に赴いた。
“シビュラの洞窟”の入口はすぐに見つかったのだが、やはり調査は困難を極めた。熱とガスのために120メートルほどしか進めなかったが、洞窟がずっと奥深くにまで伸びていることは判明した。
パジェットらのチームは諦めずに粘り強い調査を続け、トンネルの中に堆積した石を外に運び出しながら地道に前進した。その結果、このトンネルは大きく複雑なトンネル網のほんの一部分に過ぎないことが明らかになったのだ。後にこのトンネル網は「グレート・アントラム(Great Antrum)」と名づけられた。
パジェットによればこのトンネル網は宗教施設の意味合いが強いものであり、宗教的儀式に使われていた可能性が高いということだ。たとえばトンネルの壁には蝋燭を立てる目的の穴が多くあり、秘密の通路に通じる両開きドアや、曲がり角を通過するまで訪問者がトンネルの次のセクションを見ることができない構造、通路を閉鎖するための回転式ドアや複雑な換気システムなどユニークな設計上の特徴があった。
洞窟の奥深くは、まさに“灼熱地獄”であった。気温は50度近く、有毒と思われるガスが充満しておりまともに呼吸することはできなかった。また煮えたぎった熱湯の川も流れていた。
最終的にパジェットのチームは、この広大なトンネルシステムを探索するのに10年近くを費やし、ここが伝説の“シビュラの洞窟”であるとの確信を得たのである。グレート・アントラムが作られたと推定される年代は紀元前550年頃で、シビュラが存在したと言われている時期とも一致している。
パジェットによればグレート・アントラムは冥界を通る旅を再現することを意図しており、この驚くほど現実的な地獄の光景は異教徒を改宗させるための非常に説得力のある“体験施設”であると考えられるという。そしてその説得の根拠となるのは、この場所が神話上の“シビュラの洞窟”であるという説明だ。
“シビュラの洞窟”は文字通りの地獄であり、ある意味では「地獄のテーマパーク」でもあったことになる。
パジェットの調査の成果とこの理論は、科学界からかなりの懐疑論を浴びせられ、あまり注目されることなく今日に至っている。その理由の1つには彼がアカデミックな考古学者ではないこともあるという。訪れるには危険過ぎる場所であるためこの“シビュラの洞窟”はこの後も脚光を浴びることはないのかもしれないが、ある種の“この世の地獄”が現実に存在していることは覚えておいてもよいのだろう。
文=仲田しんじ
提供元・TOCANA
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