そんな熱く苦労の連続だった日本と中国の懸け橋となった事業ですが、日本製鉄は今年8月に期限が来る事業契約に関してその更新か撤退かの判断を迫られており、報道によればかなり前からその検討がなされていたようです。そしてそれを伝える同社のIRにはあっさりしたものです。
「日本製鉄株式会社(以下、日本製鉄)と中国 宝山鋼鉄股份有限公司(以下、宝鋼)が2004年に中国に設立した自動車向け冷延及び溶融亜鉛めっき鋼板製造・販売に関する合弁事業である宝鋼日鉄自動車鋼板有限公司(以下、BNA)について、2024年8月29日に経営期間の満了期日を迎える中、関係当局の承認が得られること等を条件に、当該満了期日にBNAに関する当社出資持分の全てを宝鋼に譲渡する方式により、現経営期間の満了をもって合弁を解消することで、本日、宝鋼と合意いたしました。」 これだけです。記者会見もなければ何もなしです。半世紀近い関係の末、同事業の「鉄冷え」を踏まえ、ビジネスライクにクールに決定されたといってよいでしょう。
背景は同製鉄所を通じて中国で生産する日本の自動車会社への支援もあったものの中国車の波で日本車の中国での売れ行きは軒並みダウンし、日本製鉄の使命という点からも中国から静かに身を引き、欧米へのシフトを戦略化していたものと思われます。つまり話題のUSスチール買収が先にありきではなく、中国撤退が先にありきだったものと思われ、それを受けてのUSスチール買収ということかと思います。
もちろんそのシナリオがその通りに行くかどうかはわかりません。中国ですので別れ話にも当局の承認が必要であります。またUSスチール買収の先行きもまだ不明瞭です。マイク ポンペオ氏をアドバイザーに雇いましたが、トランプ氏、全米鉄鋼労連組が相手となれば簡単ではないでしょう。仮にハリス氏になった場合は多少抵抗感が緩む気がしますが逆に興味がなければ世論を制する動きもしないかもしれません。
日本製鉄の幕引きは政治的問題を起こさないためにも淡淡とした事務的処理に留めるということだと思います。マスコミが騒がない限り双方、政府レベルでもあえて腫れ物に触るようなことはしないでしょう。
一方で日本企業の中国に対する姿勢は今後、疎遠となるのでしょうか?日本製鉄も国際市場での事業展開において欧米と中国市場の二本立ては出来ず、どちらか一方の究極の選択が求められると判断したのです。この意味は大きいです。
中国に進出している日系企業は年によりブレますが、おおむね31000社から33000社程度。驚くべき数です。もちろん日本製鉄のように大企業で世界で活躍する国際エンターブライズレベルになれば政治的影響を受けやすくなりますが、しかし、より規模が小さく、政治的意味合いも薄い事業ならば現時点では中国進出企業が減る方向には見えません。
国際間の関係は政治と外交主導であることが大半です。ビジネスだけを見ればユダヤの商人のごとく、どんな僻地にでも向かうことができますが、政治的制約によりそれがやりづらくなるのです。中国は製造マシーンのごとく雇用と地方経済を守るため経済の原則を無視した生産活動を行う一方、バイアメリカン主義ならぬ「Buy Chinese」主義で外国から導入した技術、アイディア、意匠、販売などをことごとく模倣し、それを自前主義として展開します。諸外国から技術者を三顧の礼で迎え入れても吸い取るだけ吸い取ってあとはポイです。日本製鉄も吸い取られて約半世紀の終末を迎えたということなのでしょう。
戦後日本経済の立ち位置という観点から見ても大きな意味合いを持つ撤退だと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年7月25日の記事より転載させていただきました。