古代中国の有名な兵法書『六韜(りくとう)』に、「天下は一人(いちにん)の天下にあらず乃(すなわ)ち天下の天下なり」(文師)という言葉があります。安岡正篤先生が言われる通り、「人と境とは相俟って自由自在に変化してゆく。(中略)人は境を作るからして、そこに人間の人間たるゆえんがある、自由というものがある。即ち主体性・創造性というものがある」わけです。自由とは結局、きちっと主体性を維持する中で出てきます。また自由だからこそ、創造性が発揮できます。そして自由だからこそ、競争が起こり社会が進歩するのです。

「民主制国家の基礎は自由である」とアリストテレス(前384年-前322年)が言い、ルソー(1712年-1778年)は「人民の自由は、国家の健全に比例する」と言います。自由というのは一国だけでなく、我が身心においても責任を伴います。自分で主体性を持ち、世のため人のため生きて行くという責任が伴うものなのです。

編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2024年9月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。