「ブラックホールを活用することで過去の人々にメッセージを送ることができる」という仮説に基づき、宇宙にメッセージを発信し続けている人物がいる。「スワンソング」と呼ばれるこの計画は、パンデミックや自然災害、大量虐殺などの「悲劇のリスト」をモールス信号に変換して、ブラックホール、はくちょう座X-1めがけて送り出すというもの。荒唐無稽な計画ではあるが、そのシグナルには人類の不幸な史実が刻まれており、彼は大真面目に1935年の人々に向けて警告を与えようとしているのだーー。
■1935年の人々に向けてシグナルを発信し続ける男
ジョー・デイヴィスはアートとサイエンスの融合「バイオアート」の草分けとして1980年代からクリエイティビティを縦横無尽に渡り歩いてきた。『宝島』に出てくる海賊ジョン・シルバーよろしく、一本足の義足でもって精力的に動き回わる彼はアーティストであり、哲学者、科学者でもあるが、まぁ、要は変人だ。
デイヴィスがどれほどエキセントリックかは容易に想像がつくだろうが、現在彼が全精力を傾けているプロジェクトを知れば、マッド・サイエンティストの名に恥じないことがおわかりいただけると思う。
彼は過去10年間、宇宙にメッセージを送り続けている。だが、まだ見ぬ高度な知性を持ったエイリアンを想定しているわけではない。なんと相手は我々、地球人。しかも1935年頃の人々に向けてシグナルを発信しているのだ!
かつて、地球外生物とコンタクトを取るために膣の収縮運動を宇宙に送り出したこともあるデイヴィスだが、進行中の「スワンソング」計画は、パンデミックや自然災害、大量虐殺その他の「悲劇のリスト」を、最もシンプルなモールス信号に変換して地球から6000光年以上離れたブラックホール、はくちょう座X-1めがけて送り出している。
この1時間に及ぶデータには、ホロコースト、エイズ、東日本大震災とそれに続く原発事故も含まれており、日付と死傷者数が克明に記されている。
スワンソングを荒唐無稽と笑い飛ばすのは簡単だ。しかし、デイヴィスは大真面目に人類を不幸な史実から救おうと、時空を超えて過去の人々に警告を発しているのだ。
事の起こりは、2009年に遡る。ある科学ライターがデイヴィスに興味深い提案をした。「急速に回転するブラックホール(Kerr object:カー物体)を使い、過去へメッセージを送ってみてはどうか」と。
実は、タイムトラベルを研究しているバーミンガム大学の形而上学者ニーク・エフィンガム博士によれば、物理学者たちは何十年も前から、カー物体を使って時間を介しデータを送るというアイデアを模索してきたという。
但し、博士は「カー物体が実際的に機能するタイムマシンであったとしても、我々がターゲットとする相手にシグナルが到達する可能性はかなり低い。また、シグナルが我々の元に跳ね返ってきたとしても、それは解読するにはあまりに微弱だろう」と慎重な意見だ。