AIは「仕事を奪う敵」ではなく、組織の一員と考えるべき――356人目(下)
(画像=『BCN+R』より 引用)

得上竜一

電子学園 情報経営イノベーション専門職大学客員教授/ハンカチ 代表取締役

構成・文/清水沙矢香
撮影/長谷川博一
2024. 7.17/東京都墨田区のiUにて

週刊BCN 2024年9月2日付 vol.2028掲載

【東京・墨田区発】高校を卒業後、企業に就職すると同時に大学へ進学、在学中から次々とITビジネスを立ち上げてきた得上氏。起業家の育成に力を入れる情報経営イノベーション専門職大学(iU)で客員教授として受け持つ授業は同大学の目玉にもなっている。「連続起業家」を地で行く得上氏の起業に対する考え方は目から鱗が落ちるものだった。データサイエンティストとしても広く活躍している得上氏。そんな氏に、経験に基づく持論をうかがった。
(本紙主幹・奥田芳恵)

AIは「仕事を奪う敵」ではなく、組織の一員と考えるべき――356人目(下)
2024. 7.17/東京都墨田区のiUにて(画像=『BCN+R』より 引用)

先駆者として感じる未来に向けたデータの流れ

芳恵 「起業後は売却派」の得上さんがなぜMining Brownieの売却を後悔されているんですか?

得上 そうですねぇ、ずっと「データの価値」というところでやってきたんですけど、当時はまだネット上のコンテンツの扱い、著作権に関しては議論がなくて。今でこそAIと著作権みたいな話が文化庁からも出てきて整理され始めている、という変遷がありますよね。だから今だったらAIを扱う会社にデータの卸売りができるような会社になれていただろうなあ、と。

芳恵 データというのは「過去」という印象があります。未来を探ることはできるのですか?

得上 まさに現在のAI時代で注目されていることそのものなんですが、データを扱っていくと、そこに一定の流れというのが見えてきます。で、今までがこうだから未来はこうなるだろう、という予測はできるんです。グラフというかたちで可視化したり、機械学習の材料にしたりするという使い道もあって。

芳恵 データというものを煮たり焼いたり、そういう世界なんでしょうか。

得上 はい。私の場合、ずっと「野良データサイエンティスト」でやってきた感じがあります。

芳恵 2019年からマイクロソフトでテクニカルトレーナーに就任された経緯は?

得上 当時、AIを教えられる人というのがいなかったんですね。ディープラーニングという言葉も広がり始めたというところだったので。それで声がかかって。マイクロソフトの表彰制度で15年から19年まで受賞していたこともあり、中の人と知り合いだったこともきっかけでした。

芳恵 具体的にはAIの何を教えてらしたんですか?

得上 14年に「Azure Machine Learning」という、マイクロソフトの機械学習をやるサービスが出ていて。マイクロソフトは今話題になってる生成AIというものよりも前からのたくさんのAIサービスつくっていました。そういったサービスをお客様に、AIをどのように使っていくかということを教えていました。

芳恵 当時は日本からどのくらいの人数がマイクロソフトのテクニカルトレーナーになっていたのですか?

得上 5人ですね。

芳恵 ほかの4人はどのような方でしたか?

得上 セキュリティーのすごい人、アプリ開発が得意な人、マイクロソフトのテクノロジーに詳しい人とコンサル系のオールラウンダーでした。バラバラなのでお互いサポートし合えないんです。

芳恵 大変だけど、面白い世界ですね!

現在の生成AIブームは大義名分なきさまよいの段階

芳恵 AIの現在地についてはどのように見ていらっしゃいますか?

得上 まだまだ浮かれてるな、というのが正直なところです。やや落ち着いてはきましたけれど。というのは、今までは生成AIって「目的」だけがあって。それがようやく「手段」になってきたのかなあと。ただ、大義名分というのがまだなくて。「IT化」というのには、例えば「ペーパーレス」という強いワードがありました。何かが要らなくなる、なんとかレスっていうのはとてもわかりやすい。でも、今の生成AIは、まだそこまでのものがなくて、みんなそこを探って彷徨っている段階だろうなと思います。「業務効率化」という言葉はありますが、これだとざっくりしすぎていて、単に使ってないと出遅れる、というイメージだけがある状況ですよね。

芳恵 マネタイズ、サービス化にはまだ遠いと?

得上 そうです。使うことが目的になっていて、でもどう使っていくかという手段のところには至っていないんですね。もう1年くらいでそこは大きく変わるとは思うんですが。変わってほしい、というか。

芳恵 インターネットが出てきた時と同じ、それくらいの衝撃だとも言われていますが?

得上 初期のインターネットって情報を見るだけという存在でしたが、その後双方向性が出てきて、インターネット上で提供されるサービスも始まりましたよね。アメーバブログのような、サービス提供者とコンテンツ提供者が分かれている、誰もがコンテンツの提供者になることのできるサービスです。でもAIはまだそこまでには至っていないと考えています。今の状況って、PCが出てきた頃と同じだと思うんです。というのは、PCって昔はキーボード操作ができて、画面には文字しかでていなくて、そこからマウス操作ができるようになって、今はタッチパネルも出てきて。これって人間に追いついてきたというか、人間に合うようになってきたというか。人間の直感に近いかたちに進化してきているように感じてます。この流れと同じように、今までコンピューターに仕事をさせるためにはプログラミングによって、機械にとってわかりやすい言葉で指示を出していたものから、生成AIは「人の言葉が通じるようになった」という意味では、やっと機械がインターフェースを人間にすこし合わせてきたという段階ですね。双方向性というか、人間のかたちというか機能というか。

芳恵 今、AIのせいで人間の仕事が減るのでは?という話もありますが、そこはどうお考えですか?

得上 AIが人に近づいてきたというところで考えると、「気がついたら働く人が倍になっていた」という世界になるのではないかと思います。一人一人の作業が効率化されるかどうかはわかりませんが、人なりAI なり「そこで働いている何か」の数が増えるというか。それでGDP(国内総生産)なんかも上がってくれればいいなと思います。仕事が減るというより、業務をこなすのが人間だけではなくなる。人間だけでなくAIの存在も組織の中に入れ込むことで、組織としてできる仕事の量が増えるという考え方ですね。

デジタルの専門家が抱き続けるアナログの世界の意外な夢

芳恵 ところで得上さんは、幼少期から自分で学ぶ意欲というのがすごく強いようにお見受けします。

得上 そのとおりで、知識欲が強いほうだと思います。あと、新しいことを知るのが好きで…実は私、今、学生もやっているんですよ。

芳恵 えっ!?どういうことですか?

得上 宝石系の専門学校で、時計職人のコースに通っています。時計をつくれるようになるかどうかは別なんですが、時計の理論とか、既存の時計を分解して、掃除をして、組み立て直す、みたいなことを学んでいます。実は、時計職人になりたい、という夢があって。まずそれを知らければならないので。

芳恵 それはまた…アナログの世界ですね。なぜ時計に興味が湧いたのでしょう?

得上 大学生の時に会社をつくった、その前のタイミングで時計職人になりたかったんです。当時は「Windows XP」が普及し始めた時代ですけど、アーキテクチャーが変わってしまってこれまでのソフトが動かなくなったんです。それが衝撃的で。プログラムって0と1を並べただけのものなのに、そうやってすぐ動かなくなるって、なんだかはかないなと思ったんです。その時テレビで、200年経っても動く時計があるというのを見ました。でもこれってわかっている期間が200年だというだけで、今後数百年とか数千年動くかもしれないんです。こりゃ、プログラム書いている場合じゃないな、と思ってしまって。

芳恵 趣味とかではなくて、目標として考えていらっしゃるんですか?

得上 そうです。目指している時計があって。マリー・アントワネット用に発注された「ブレゲNo.160」という時計なんですが、それを超えるものをつくりたいですね。

芳恵 その時計の魅力って?

得上 ぜんまい式で、純粋にバネの力だけで動力を得ています。電力なんか要らなくて、巻きさえすれば使えるんです。今の電池なんて20年もすれば、なくなってしまう可能性があります。200年後なんてもっとわからない。でもこの時計は物理学の塊で、すべて重力だとかの戦いなんですよ。一方でコンピューターって、人間が設計して、作ったCPUの中の箱庭の世界で、それを人間が動かしているだけなんです。でもこの時計は自然の理のなかで動いているわけで。そういうところに魅かれます。

芳恵 では最後に、学生さんに伝えたいことはありますか?

得上 常に3年後どうなっているかを考えていてほしいですね。5年10年先なんてわからないけれど、3年というスパンだったら1年間に必要なことも見えて、日々のやるべきことが見えてくると思います。だから3年後をアップデートし続ければ問題はないと思います。

芳恵 ご自身の3年後はいかがでしょう?

得上 今の路線を引退していると思います。年をとると目が悪くなりますし、手先も動かなくなるでしょうから、早めに時計の道に進んでいたいですね。

芳恵 本日は興味深いお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。