その話を聴いた時、先のゴルバチョフの名言を聞いた時に感じたのと同じ思いが湧いてきたのだ。NASAの研究員は研究開発し、次世代の研究員がその結果を利用できる。その一連の確信があるから、NASAの研究員から「今のうちまけるだけの種をまいておきたい」と述べたゴルバチョフの心構えに通じる世界を感じたのだ。

特に、科学分野の世界ではその科学的成果は直ぐに具体化し、それで完結するということは少なく、世代から世代へと継承され、積み重ねられた成果から新たな成果が生まれてくるというのが通常だろう。科学者一人一人は、個々の次元ではなく、より大きな成果のために一つの歯車のような役割を果たしていくわけだ。ある意味で、崇高な人生といえる。

科学分野以外では、そのような崇高な目標に向かって歩むという機会は少ないかもしれない。ゴルバチョフの名言は共産党独裁政治のソ連の民主化という危険で冒険的な目標に向かって、「私は収穫の時に立ち会えないかもしれない。だから、今のうちに多くの種をまいておきたい」と吐露したのだ。

ゴルバチョフは自身が始めた改革がいつかは結実すると信じていたのだろう。その意味で、彼は多くの科学者のように次世代のために歩んだ、稀に見る政治家だったといえる。

ソビエト連邦は解体し、後継国としてロシアが出現した。プーチン大統領は自身の名誉、野心、ナラティブに基づいて世界に挑戦している。ロシアでは大統領といえばプーチン氏しか知らない世代が増えてきている。ただし、プーチン氏の歩みは次の世代に継承されていくものではなく、彼一代の歩みに留まるだろう。そうあってほしい。ロシアには、次世代のために種をまく指導者の登場が願われる。ちなみに、先月30日はゴルバチョフの命日だった。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。