派閥から「収支報告書に記載しなくてよい」と指示された還流金についても、資金管理団体の収支報告書に記載しなければならないことはわかっておりました。しかし、派閥からの指示にどおりに、資金管理団体の収支報告書に記載しませんでした。
というような自白をすれば、証拠上は、資金管理団体の収支報告書の不記載・虚偽記入の犯罪事実で起訴することは可能であろう。
今回、唯一、資金管理団体の収支報告書虚偽記入罪で略式起訴された谷川氏も、本人と会計責任者が上記のような「自白」をしたからこそ、略式起訴を受け入れ、政治資金規正法違反での罰金刑が確定した、ということだと考えられる。
池田氏、大野氏は、公判での主張如何で無罪の可能性もでは、今回の事件で正式起訴され、政治資金規正法違反の事実を争う方針を示している池田議員、大野議員については、検察は、「大穴」の問題をどうクリアしようとしているのだろうか。
唯一逮捕された池田議員が他の議員と異なるのは、検察が政治資金パーティー裏金問題での捜査に乗り出していると報じられた2023年12月8日に資金管理団体「池田黎明会」の収支報告書を訂正し、安倍派からの寄附約3200万円を収入として記載していることである。これによって、池田議員側が、自ら還流金を記載すべき収支報告書を特定したことになり、まさに「自爆」したと見ることができる。
検察は、池田議員逮捕の理由について「パソコン破壊の罪証隠滅行為が行われたため」と説明しているようだが、実際には、この収支報告書の訂正によって、記載すべき収支報告書が特定されていたことが大きかったと思われる。
しかし、池田議員の場合でも、今回「政治資金パーティー裏金問題」が表面化した後に収支報告書を訂正したからと言って、今後の公判で、記載すべき収支報告書の特定の問題が争点とならない保証はない。
重要なことは、この収支報告書の訂正の時点で、池田議員自身が、
政策活動費だと認識して受け取り、政治資金収支報告書には記載していなかった。
と説明していたことだ。「政策活動費」は政党から政治家へ渡される収支報告書への記載義務のない政治資金であり、池田議員は資金管理団体への収支報告書に記載すべきだったことの認識を否定した上で、収支報告書の訂正を行ったことになる。
つまり、「資金管理団体の収支報告書の訂正」を行ったことは、受け取った時点で、その収支報告書に記載すべき義務があるとわかっていたことを「自白」するものではないということだ。
しかも、池田議員の場合、その訂正以前に受けていた清和政策研究会からの寄附は、「資金管理団体」ではなく「政党支部」に入金され、政党支部の政治資金収支報告書に記載されていた。そのような実態からすれば、池田議員に関連する政治資金について、すべて資金管理団体に入金して収支報告書に記載すべき義務があったとも言い難い。
池田議員が公判で、
資金管理団体の収支報告書に記載すべき義務があるとは思っていなかった。収支報告書を訂正したのは、政治資金パーティー裏金問題が報道され、取調べを受け、還流分も収支報告書に記載すべきだったと言われたので、深く考えることなく資金管理団体の収支報告書を訂正しただけです。
と弁解した場合、検察にとって、池田議員が「毎年の収支報告書の提出の時点で、資金管理団体の収支報告書に記載すべき金と認識していたこと」の立証は、かなり困難になる。
少なくとも起訴されるまで収支報告書の訂正を行っていない大野議員については、この点について、検察の立証は一層困難だ。大野議員は、現時点では、
「派閥からの還流金の処理はすべて秘書に任せていた」
との説明しか行っていないが、公判では、「どの収支報告書に記載すべきかなどということも、全く考えていなかった」と弁解する可能性もある。検察にとってその点の立証は容易ではない。
今後の「裏金受領議員側」の刑事処分はどうなるのか裏金受領議員については、上記の3名のほかは、今のところ刑事処分は行われていない。マスコミによると、検察は、今後、各議員が収支報告書の訂正を行ったことを受けて、上記3議員以外の還流金額3000万円以下の議員については、会計責任者を収支報告書の虚偽記入罪で立件して起訴猶予にし、議員本人については、告発があった場合には、「嫌疑不十分」「嫌疑なし」で不起訴にする方針だと言われている。
会計責任者については、検察は、起訴しようとすればできるが「不記載・虚偽記入」の金額によって、一定以上の金額の事案に限定する方針であるかのように言われているが、実際には、ここでも「政治資金規正法の大穴」の問題が立ちはだかる。少なくとも、会計責任者が「自白」してくれない限り、還流金受領時にどの収支報告書に記載すべきであったかを特定することはできない。
裏金受領議員側が、池田議員と同様に「政策活動費だと認識して受け取り、政治資金収支報告書には記載していなかった」と説明して、特定の収支報告書への記載義務の認識を否定した場合、起訴することは困難であり、不起訴とするのであれば、厳密に言えば、犯罪を立証する証拠が不十分だという「嫌疑不十分」であり、起訴できるがあえてしない「起訴猶予」とすることもできないことになる。
結局のところ、検察が、政治資金収支報告書の虚偽記入罪での刑事立件にこだわったために、「無理筋の起訴」「取引的決着」に終わらざるを得なくなったのである。
「政治家個人に対する寄附」違反を中心とする捜査を行うべきだったでは、現行の政治資金規正法の適用として、検察は、どのような方向で捜査を行うべきだったのか。
政治資金規正法21条の2第1項は、「政治家個人宛の政治資金の寄附」を禁止している。政党からの寄附が例外として許されているが、安倍派から所属議員に「収支報告書に記載不要」と言われて渡された「裏金」は、政党からの寄附ではなく派閥からの寄附である。
それを、違法な「政治家個人宛の寄附」とみる余地は十分にある(元総務官僚で過去の政治資金規正法改正を担当した経験もある立憲民主党の小西洋之議員は、当初から、「政治家個人への違法寄附で処罰すべき、虚偽記入は違法寄附の隠蔽工作に過ぎない。」と主張し続けてきた。
小西議員とのYouTube対談⇒「裏金受領議員」への検察捜査は間違っている!元総務省政治資金課・小西洋之議員と徹底討論)。
当初から、会計責任者、議員本人に、「収支報告書に記載しない前提の金である以上、資金管理団体、政党支部などに宛てた政治資金ではない」として、収支報告書を提出不要の「政治家個人宛の寄附」として受け取ったことを認めさせる方向で捜査を行い、事務所の資料等で、議員個人の認識を裏付けることができれば、「政治家個人宛の寄附」であることの立証も可能だったはずだ。
この場合は、「政治家個人宛の寄附」は、政治団体ではなく政治家個人に帰属するので、個人の「雑所得」となる。そこからの支出があったとしても、「(政治団体、政党ではなく)個人の政治活動のための支出」でない限り、雑所得から控除できる経費とはならない。基本的にすべての「裏金」について政治家個人に課税される可能性が高く、追徴税・重加算税等の税務上の措置も受けることになる。
これらを含めた制裁の程度は、収支報告書の不記載・虚偽記入罪による「無理筋の起訴」「取引的決着」に終わった検察の捜査・処分より、遥かに「裏金受領議員」にとって厳しいものになったはずだ。
現行法の枠組みのままでの「連座制」導入は危険今回の「政治資金パーティー裏金事件」では、本来の政治資金規正法の解釈を前提とすれば、政治資金の寄附の帰属先が特定できないために、裏金受領議員の処罰は極めて困難であるのに、一部の議員については強引に「無理筋の起訴」を行い、一方では、会計責任者等の「自白」で帰属先を特定するという「取引的決着」で、「大穴」の問題自体を覆い隠そうとしている。
このような検察のやり方を問題にすることも、「政治資金規正法の大穴」を塞ぐこともなく、会計責任者の処罰で国会議員等の政治家が公民権停止となる連座制を導入した場合、どういうことが起きるだろうか。
国会議員と秘書との間でパワハラ等のトラブルが起きる例は枚挙にいとまがない。このような秘書が会計責任者を務めている場合に、収支報告書への記載や領収書の交付が行われていない収入について、その秘書が、検察に対して、政治資金の帰属と不記載の事実を供述し処罰されれば、国会議員が公民権停止で失職することになる。
もちろん、その国会議員が、「裏金」に主体的に関わり、そのことについて責任を免れないのであれば、失職することになっても自業自得である。しかし、国会議員が与り知らないことであった場合であっても、秘書たる会計責任者の供述だけで、国会議員の地位を簡単に奪えるのが、「連座制」なのである。
検察の捜査・処分が恣意的に行われかねない現状のままで、「政治資金規正法の大穴」を塞ぐことなく、会計責任者が処罰された場合に代表を務める国会議員が公民権停止となる連座制を導入した場合、国会議員は与野党を問わず、検察のご機嫌を窺いながら、議員活動を行わざるを得ないことになる。それは、民主主義に対する脅威にすらなりかねない。
政治資金規正法の改正を行うのであれば、まず、会計処理のデジタルデータ化、リアルタイム公表等によって政治資金処理の透明性を高めること、「政治資金規正法の大穴」を塞ぐために、国会議員について、個別の団体・政党支部ごとの会計帳簿とは別に、当該国会議員に関連する政治資金の収支すべてを記載する「総括政治資金収支報告書」の作成・提出を義務付けることなどの実体規定が先決である。
会計責任者ではなく政治家個人に重い責任を負わせる方向での法改正を行うのであれば、1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金であり、収支報告書虚偽記入罪の5年より軽い、「政治家個人への寄附の禁止」の罰則を大幅に引き上げること、1994年改正で、それまでの「保有金制度」の下で義務付けられていた、政治家個人の収支報告書の作成・提出義務を復活させること(この場合、虚偽記入について政治家個人が処罰されることになる)なども検討すべきだろう。
令和国民会議(令和臨調)が2月2日に公表した「政治資金制度改革等に関する緊急提言」の論点メモでは、「収支報告書誤記載・虚偽記載に対する罰則強化」として、「公職選挙法における連座制と同様に、政治家の責任を問う仕組みが必要ではないか。」との意見も示されているが、「かりに連座制にまで踏み込む場合には、後述する新たな第三者機関の設置構想と併せて検討を行うことが適当と考える」とされている。
同提言の公表とあわせ、政治資金・政党助成金等を監督する独立性の高い第三者委員会として「政治資金委員会」(仮称)の構想が公表されており、そこでは、「政治資金の分野にも必要最小限の行政監督を導入すること」について、収支報告書の修正命令や、一定期間の寄附の授受や政治資金パーティーの開催の禁止、寄附金やパーティー収益の返還命令など、必要な行政監督や行政処分の内容を具体的に規定し、十分な事務局機能を備えた、準立法的、準司法的権限を有する独立性の高い政治資金委員会を内閣府に置くことが提案されている。
政治資金規正法の運用が、刑事処罰のための検察の捜査・処分の判断に事実上委ねられていることで大きな歪みを生じている状況を是正するための、注目すべき提案である。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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