目次
三大陶磁器②:美濃焼
三大陶磁器③:有田焼(伊万里焼)
三大陶磁器②:美濃焼
「美濃焼(みのやき)」は岐阜県の東濃地方の一部で生産されている陶磁器であり、1978年に伝統的工芸品に指定されています。
東濃地方は日本最大の陶磁器生産地として知られ、生産量日本一を誇る土岐市が有名です。
その歴史は古く、平安時代に作られた須恵焼が原型といわれています。
この須恵焼が鎌倉時代以降に本格的な陶器生産へと発展し、各地で製造されるようになりました。
16世紀初頭には土岐市周辺に窯が作られ、そして織田信長の経済政策によって美濃地方に大窯が築かれたことでさらに発展を遂げていったとされます。
桃山時代には美濃桃山陶が作られるようになり、美濃焼の基礎が築かれていきました。
これが現代へと続く美濃焼の元祖といわれています。
三大陶磁器③:有田焼(伊万里焼)
「有田焼」は佐賀県有田町で生産される陶磁器の1つで、「伊万里焼(いまりやき)」とも呼ばれています。
作品は多種多様な様式が採用され、製造時期によって初期伊万里や古九谷様式、柿右衛門様式、金襴手などに大別されます。
始まりは17世紀頃、豊臣秀吉が指示して行った朝鮮出兵の際に有田を含む肥前の領主であった鍋島直茂に同行していた陶工の李参平という人物にあるといわれています。
彼は有田焼の祖と呼ばれ、当時の陶磁器生産に多大な影響を与えたと考えられています。
時代を反映するようなデザインのものから、あえて時代に流されないデザインのものまで、数々の陶芸家によって作られてきました。
作り手が独自の試行錯誤を繰り返したことで、より有田焼の文化は認知されるようになったのです。
1977年には伝統的工芸品にも指定されました。
マイセンに影響を与えた有田焼
有田町とドイツの磁器マイセンには深い関係があるのをご存知ですか?
古くからヨーロッパでは中国や日本の焼き物が盛んにもてはやされ、その美しさは多くの人々を魅了していました。
特に純白で薄いにも関わらず硬く艶やかな陶磁器は、ヨーロッパでは真似できないものだったのだとか。
そのため、列強国の王族や貴族がこぞって陶磁器の製法を見つけようとしていたのです。
そして、長年の研究の末にようやく陶磁器に近いものを作ることに成功し、ヨーロッパ発の硬質窯「マイセン」が誕生しました。
また、17世紀に日本から輸出された古伊万里焼や古有田焼がドレスデン博物館で保管されていたことなどが縁となり、有田町とマイセンは1979年に正式な姉妹都市となりました。
有田焼の代名詞「酒井田柿右衛門」
酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)は有田焼の陶芸家です。
子孫が代々襲名する名称として知られ、有田焼の代名詞としても知られていますよね。
柿右衛門様式と呼ばれる余白を活かした左右非対称の構図はあまりにも有名で、現在も希少価値が高い陶磁器として人気です。
ちなみに酒井田柿右衛門は日本で初めて赤絵の技法を作品に取り入れたとされており、濁手と呼ばれる柔らかく温かみのある素地を使っていたことで知られています。
その美しさは他の作品にはない魅力を放ち、多くのファンを魅了します。