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画期的な「リチウムイオンバッテリー」とコンセプト
「400万円の軽自動車」は確かに超高価ではあったが

画期的な「リチウムイオンバッテリー」とコンセプト

報われなかった「挑戦車」たち~「西暦2000年の超小型BEV」日産 ハイパーミニ
(画像=2000年にみなとみらい21(横浜市)における実証実験「都心レンタカーシステム」で使われたハイパーミニ,『MOBY』より 引用)

「2人乗りで性能は妥協しても安価で環境に優しい自動車」というコンセプト自体は、国内外で古くからあったものですが、日本では1950年代に通産省が提唱した「国民車構想」をキッカケに、安くても4人乗りで小型車並の性能を持つ軽自動車が発展しました。

そのため、2人乗りマイクロカーを作っても需要の見込みは立たなかったのですが、1990年代に入ると大気中のCO2(二酸化炭素)を削減する「地球温暖化対策」が人類の将来に関わる課題として強く認識されるようになり、1997年には「京都議定書」も発行されます。

そして同年の東京モーターショーで日産がプロトタイプを発表したのが「ハイパーミニ」ですが、同時にトヨタも2人乗りマイクロEVの「e-com」を発表しており、いわば「またそういう流行り物が来たか!」で終わりそうだと、当時は思ったものです。

特にハイパーミニは、その当時ようやく携帯電話やノートパソコンなどに使われ始めたばかりの「リチウムイオンバッテリー」を使っていましたから、あまりにも時代を先取りしすぎたと思われても不思議ではありません。

実際、同年発売の初代「プリウス」により、自動車の電動化で先行していたトヨタは、e-domでもニッケル水素電池でしたし、ホンダも含め後続のハイブリッドカーは長らくニッケル水素バッテリーの時代が続きます。

しかし日産は法人のみ限定30台のリース販売とはいえ、「プレーリージョイEV」(1997年)でリチウムイオンバッテリー電気自動車の市販化にこぎつけていましたから、むしろニッケル水素という選択肢は既になかったのでしょう。

さらに、2024年現在でもなお航続距離が十分とは認識されにくいBEVにおいて、「2人乗り超小型マイクロカーによるシティコミューターなら通用する」と考え、既存車流用ではなく専用ボディとしたのも画期的。

もちろん日産が軽自動車を作っていなかったという事情はあるにせよ、トヨタがe-comをMEGAWEB(東京都江東区青海の巨大ショールーム)でのみ試乗可能なアトラクション扱いとは異なり、2000年に「発売」したあたりが、トヨタとは一味違うところです。

「400万円の軽自動車」は確かに超高価ではあったが

報われなかった「挑戦車」たち~「西暦2000年の超小型BEV」日産 ハイパーミニ
(画像=こうした充電器込みで400万円と思えば案外安いと思えるかもしれないが、現在の日本で多用されている充電器とは規格が異なる(普通充電:J1772/急速充電:CHAdeMO)ため、稼働可能な個体があっても出先での充電はまず無理だろう。,『MOBY』より 引用)

発売に先立つ1999年9月、横浜みなとみらい21の「都心レンタカーシステム」にレンタカーとして、神奈川県海老名市の「海老名プロジェクト」ではカーシェアによるパーク&ライド(公共交通機関の駅まで自家用車利用)という、2つの社会実験への参加を発表。

これだけでも「2010年代に盛んだった、超小型モビリティ実証実験をそんな早くから?!」と驚きですが、2000年2月には市販してしまったのですから、さらに驚きです。

ハイパーミニ市販版は全長2,665mm、全幅1,475mmと、2024年8月で販売終了したトヨタ C+pod(全長2,490mm、全幅1,290mm)と比較すれば、軽自動車規格に合わせたので一回り大きいものの、現在の「超小型モビリティ(型式指定車)」規格に近いサイズ。

容量90Ahのバッテリーを床下に4つ搭載して総電力量はサクラ(20kWh)の半分以下である8.1kWhながら10・15モード航続距離は115km…現在のWLTCモード換算なら約73kmとささやかなものでした。

ただし最高出力24kw(33ps)/最大トルク130N・m(13.3kgm・m)はC+pod(9.2kW/56N・m)より格段にパワフルで最高速度も100kmと、航続距離を考えれば遠出は無理なものの、高速道路での移動すら可能であり、アルミの軽量フレームで車重840kgには十分です。

充電も200V普通充電で空から満充電まで4時間ですから、実用上はちょっと走って短時間の普通充電でも、短距離用なら問題なかったでしょう。

足回りも、発売当時の自動車メディアでは「(スカイライン)GT-Rのエンジニアが関わった」というストラット式四輪独立懸架で走りにもこだわりがあり、「単に安い電気で走るだけのクルマ」に収まらないという情熱を感じさせます。

問題は400万円(固定式充電器込み)/401.5万円(キャスターつき充電器込み)と、当時既に存在したものの、現在ほど手厚くなかったCEV補助金こみでもかなり高価なことでしたが、一般向けに量産車というより法人向けの実験販売ですから、当時はそんなものです。

それより、「航続距離こそ短いマイクロEVながら、先進的なリチウムイオンバッテリーを積み、本気で走れるクルマを少数でも一般販売した」というところが、ハイパーミニの常識破りなところでした。