また驚くべきことに、「PeFA-Ucn3」は大人の男性同士の争いや、母親の防御行動、捕食行動では活性化せずに、乳児に対して攻撃を行うときのみ活性化することが判明します。

この結果は「PeFA-Ucn3」が乳児虐待に特異的にかかわる神経回路である可能性を示唆します。

しかしより確かな証拠を得るには「PeFA-Ucn3」を直接刺激する必要がありました。

そこで研究者たちは、マウスの脳細胞を光に反応するように遺伝子を書き換え、頭蓋骨に穴を開けて光ファイバーを挿入。

問題となる「PeFA-Ucn3」と下流のニューロンを直接的に刺激することにしました。

結果、交尾経験のないオスとメスの両方で、乳児に対する攻撃性の増加と育児放棄が起こることが確認されます。

また逆に対象の神経活動を抑制した場合、子供に対する攻撃性が失われることが判明します。

この結果は「PeFA-Ucn3」を中心とした周辺の神経が、乳児虐待を専門的に制御する「虐待回路」を構築していることを示します。

人間にも虐待回路があるかもしれない

人間にも虐待回路があるかもしれない
人間にも虐待回路があるかもしれない / Credit:Canva . ナゾロジー編集部

今回の研究により、マウスの脳には子供への攻撃性を制御する「虐待回路」が存在することが示されました。

ただ今回の研究に用いられたマウスは、子供を作ったことのないオスとメスに限定されているという、制限事項が存在します。

育児中の母親マウスの虐待回路を強制的に活性化させ、実の子供にどのような虐待(殺害・育児放棄)が起きるかについては、諸々の要因により研究では深く追及されませんでした。

しかし、研究によって示された、子供に対する虐待が、専門の神経回路によって「オン・オフ」されるという結果は、非常にショッキングであるとともに、大きな成果であると言えます。

もし同じような虐待回路が人間の脳に存在する場合、薬などによって回路を遮断することができれば、凄惨な児童虐待の防止につながる可能性があるでしょう。