金与正氏の談話を読んでも、その内容には全く新鮮味がない。日朝首脳会談の条件として「拉致問題は解決済み」を挙げているからだ。支持率が低下し、政権維持に苦しんでいる岸田首相とはいえ、そのような条件下で金正恩総書記と首脳会談に臨むわけにはいかないだろう。相手側が絶対に受け入れない条件を出して首脳会談を申し出た場合、その真剣度が疑われて当然だろう。

韓国とキューバの国交回復について、韓国側は「ソウルの外交の勝利だ」という。韓国とキューバは14日、米ニューヨークで両国の国連代表部が文書を交わした。韓国は2016年、外交部長官が初めてキューバを公式訪問し、外交関係樹立の意向を伝えていた。両国は、北朝鮮の反発と妨害工作の可能性などを考慮し、水面下で交渉を進めてきたという。

(韓国とキューバは1959年のキューバの革命以降、外交関係が切れていた。韓国にとってキューバは外交関係を持つ193番目の国で、国連加盟国で国交がないのは北朝鮮を除けばシリアのみだ)。

北朝鮮の反応をみていると、冷戦終焉直後、韓国が旧ソ連・東欧共産国と次々に国交を締結していった時を思い出した。兄弟国とみていたハンガリーが韓国と国交を締結した時の平壌の激怒を思い出すと、韓国とキューバの国交樹立というニュースを北朝鮮指導部がどのように受け取ったかは容易に想像できる。

北朝鮮を一層怒らせた理由はそれだけではない。韓国とキューバの国交樹立というニュースが2月16日の故金正日総書記の誕生日の2日前に発表されたことだ。金正恩氏と金与正氏の父親・金正日総書記の誕生日(光明星節)は北の最大の祝日の一つだ。その2日前に韓国がキューバと国交を発表したのだ。金正恩・与正兄妹が許しがたい冒涜と感じたとしても可笑しくはない。

ちなみに、KCNAは15日、朝鮮労働党中央委員会が前日に平壌の万寿台議事堂で、北朝鮮駐在の外交団を招いて金正日の誕生日の祝宴を開いたと報じた(北側では公の祝賀会は通常前日開催される、祝日の当日は、関係者だけで開かれる)。

これが北朝鮮の唐突な岸田首相へのエール発言となった背景だ。その意味で、岸田首相は平壌行の旅行鞄の準備などする必要はないだろう。ただ、金与正氏の談話について、韓国統一部のキム・イネ副報道官は16日、記者会見で「最近の日本と北の関係を綿密に見守っている。北の問題を巡っては韓米日が緊密に意思疎通している。北と日本の接触は北の非核化や朝鮮半島の平和と安定に寄与する方向で行われなければならない」(韓国・聯合ニュース日本語版)と述べ、金与正氏の談話の内容を一蹴せず、慎重に受け取っている。

北朝鮮外務省は昨年末から在外公館の見直しを推進し、ウガンダ、アンゴラ、スペイン、在香港の総領事館、バングラデシュ、コンゴ民主共和国、ウガンダ、ネパールなどの大使館を次々と閉鎖している。これについて「外交的力量の効率的な再配置」と主張しているが、韓国側は、「国際社会による制裁の強化で外貨稼ぎが困難になり、公館の維持が難しくなっているため」との見方をしている。北側の兄弟国は中国とロシアなど数カ国しか残っていない。

北朝鮮の最大の外交課題は、米国との関係改善、対北制裁の解除だ。その意味で、金正恩氏は2019年、トランプ前大統領と首脳会談を通じて米朝関係の改善を図ったが、その外交は成果なく終わった。金正恩氏にとって米朝交渉の失敗は大きな痛みとなって残っているといわれる。

韓国情報筋の「北の外交惨事」という指摘は、一概に韓国側の傲慢の現れとはいえない。韓国・キューバの国交樹立直後の“北の外交”はそれを端的に示した。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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