トヨタ自動車に入社する新入社員が入社式前に、本社がある愛知県豊田市の居酒屋で大声で騒ぐと、後日、人事部から呼び出されて注意を受けることがあるという“噂”が、一部SNS上で話題となっている。今月、エンジニアであるX(旧Twitter)ユーザーは次のようにポストしているのだ。

<トヨタ系新卒は注意した方が良いぞ。入社式前の新卒同期と居酒屋で大声で騒ぐなよ。迂闊にSNS共有する為にキーワードをポロリと言ったりして隣席のおじさんに、出身大学、サークル、過去の悪事も全部検索された上で、グループ間で共有され、入社式前に人事から呼び出しされるぞ。(実話)>

 このような話は果たして事実なのか。同社関係者やOBの見解を交え追ってみたい。

 自動車の世界販売台数1位(2019~23年/ダイハツ工業、日野自動車含む)であり、年間売上高37兆円、営業利益2.7兆円(23年3月期)を誇るトヨタ自動車。毎年4月には1000人以上の新入社員を迎え入れ、本社では入社式が行われる。日本を代表する同社への入社を控える新入社員のなかには、誇らしい気持ちや高揚する気持ちから、新たな生活を始める街で同期たちと飲食店でつい羽目を外してしまう人もいるかもしれない。だが、会話の内容からトヨタの人間だとバレた上で、騒いで周りの客に迷惑をかけたり、会社の内部情報を漏らしたりすると、会社に通報され名前を特定されて注意を受けることがあるというのが前出の投稿内容だ。

トヨタの町=豊田市

 そもそも豊田市はトヨタの社員と家族に加え、グループ企業や取引先の人間など広義の意味で「トヨタ関係者」が多いことで知られている。

「豊田市で生活すると、周辺に住んでいる人もトヨタ関係の人ばかり。休日に買い物に行っても、夜に飲みに行っても、隣に座った人がトヨタ関係者だったりするので、うっかり悪口も言えません。人間関係の逃げ場がないので、居心地が悪いと感じる人もいると思います」(トヨタ元社員/23年7月29日付け当サイト記事より)

 トヨタグループ社員はいう。

「豊田市にはトヨタのグループ企業や取引先に加え、トヨタ系列の病院、スーパー、不動産会社、ホテルなどもあり、トヨタ関係者がまったくいない場所を探すほうが難しい。また、トヨタ本体もグループ企業も部署ごとで飲みに行く文化が根付いており、頻度は多い。なので、居酒屋などで会社への悪口や愚痴を言おうものなら社内でバレてしまうリスクがあるため、みんなそういうことは言わないように教育されています」

 こうした豊田市の環境を理由にトヨタを退職する人がいるという話も、しばしば話題になる。たとえば、少し前には、同社に勤める「研究開発 在籍5~10年 新卒入社」の男性がSNS上に投稿した内容が話題となった。この男性は「退職検討理由」として「立地のみ。東京出身者に愛知県は耐えられない」とコメント。これに対し、「地元民ですらキツイと感じてるんですから、他県の人には無理でしょうね」「名古屋市内なら何とかなる。豊田市はどうにもならん」という共感の声や、「逆にそれ以外特に不満がないってこと?」といった反応が上がっていた。

 豊田市は愛知県では名古屋市に次ぐ県内2位の人口であり、面積は最も広い県の中核都市だが、トヨタ元社員はいう。

「『トヨタの本社があるから栄えている』と思われるかもしれませんが、想像以上に“地方感”が強く、少なくても“都会”ではないです。加えて市内はトヨタの関係者ばかりなので、何をするにも監視されているような気持になってしまう。子どもの頃から豊田市に住んでいる人であればそれが普通なので問題ないでしょうが、東京や大阪の大学を出ていきなり豊田市の勤務になった人は結構キツイと思います。名古屋出身の人でもキツイと言う人もいるくらいです。なので、豊田市の特性だけが原因で辞める人はいないと思いますが、トヨタは企業体質的に非常に内向きで社員管理が厳しい“硬い会社”で、社内行事や所属部署での飲み会も多いので、そうしたいろいろな部分が重なって辞める人は少ないながらもいるように思えます。ただ、やはり『世界のトヨタ』の社員という身分は捨てがたいものがあるので、自発的に辞めるという人は少ないでしょう。

 ちなみに名古屋市と豊田市はすぐ近くだと思われがちですが、トヨタ本社の最寄り駅である三河豊田駅から名古屋市の繁華街である栄に行くには電車を乗り継いで約1時間、往復だと2時間以上かかるので、『夜に名古屋まで遊びに行って帰って来る』というのは厳しいですね。昔は、きっぷがいい管理職が金曜の夜に部下を引き連れてタクシーで栄あたりまで行って、飲み屋やクラブをおごるといったことありましたが、今もそういう人がいるのかはわかりません」

 もっとも、豊田市がこのような性質を帯びるのはやむを得ない面もあるという。

「ガソリンエンジン車は約10万点の部品を組み立ててつくり、トヨタを頂点に5~6次下請け企業までが一つの共同体として結びついています。そのため、豊田市と周辺地域ではトヨタの営業日を記した独特な『トヨタカレンダー』に基づいて経済が回っていますが、自動車産業という裾野が広い産業、しかも世界トップであるトヨタの経営が成り立つためには、市レベルで歩調を合わせる必要があるのです」(同)