中国は膨張しているのか、といえばYESでもありNOでもあります。世界全般で見ると物理的な領土拡大という手段は先の大戦まででその後は一部地域を別として非常に起こりにくくなっています。領土拡大に代わって共産主義拡大といった思想的影響力を地球規模で展開する動きに転じました。その点からは現在のウクライナ問題は例外であり、ロシアの一人の権力者のとち狂った引き金が生み出した混乱とも言えます。
中華思想、欧米では華夷秩序と呼ばれているこの思想は「漢民族の天動説」というのが一番わかりやすい表現かと思います。人類の中心には漢民族がおり、それ以外の民族は下等、劣後しているという極端な差別思想が背景にあります。中国の歴史を見ると領土拡大にまい進したというより中華思想をいかに世界に伝播させるのか、ということがより重大であったと思います。
例えば東南アジアの華僑は漢民族の世界への影響力強化の一つであることは確かでしょう。その中華系移民は世界各地に散らばります。私は10数年前にこのブログでこれら華僑や中華系海外移住者はユダヤや日本の商社マンのような役割だと申し上げたことがありますが、世界の隅々で活躍するそれら中国人は中国人コミュニティを通じて本国と何らかの形で繋がっていました。
私が海外に出ていて気がついていたことは数十年前すら、どんな片田舎の小さな町にもその町はずれに中華料理屋は必ずある点です。逞しい、それが私が思った中国人の生き方です。そして北米や日本で食べる中華料理が本場のそれと違うのはビジネスとして現地の人の口にあうようにいくらでも変質化させることをためらわない点でしょう。例えば「Hot and Sour Soup」は中国北京地方がその発祥とされますが、アメリカでもっともポピュラーなこの中華スープはアメリカで独特の発展を遂げたとされます。つまり中国は現地にうまく溶け込もうとするのです。
この10年、中国の海外における活動は世界に散らばる中華系の人たちを利用して中華思想と中国の正当性を訴えることにあったと思います。例えば5-6年ぐらい前に沸き起こった南京事件の記念日制定問題は中国の立場を訴え、日本を貶める典型でした。中華系コミュニティは政治家に訴え、あるいは中華系の政治家がそれを声高に主張し、彼らを通じて第三国に中国の主義主張を認めさせるという動きでした。
現在、それらの動きが止まっているのは日本を貶めている場合ではなく、香港やウイグル問題に端を発し、中国そのものが責められているからです。私が南京問題を日本側に立って運動し、それが沈静化した頃、外務省の担当者に「矛先が変わったからしばらくは止まると思う」と申し上げたところ「いやいや、根強い動きがある」と強い懸念を示されていました。中国人で根に持って活動している人は限定的で、世論を見て自分に有利か不利か、という非常に割り切り感の強い傾向が見て取れますので結果として私の思った通りになっています。
中国の一帯一路は中国思想の影響力をユーラシア大陸全般に広めるのが本質的な目的です。物流とか貿易は形而下的であり、本質は思想の拡大であります。そこを捉えた記事はあまりないと思います。その中華思想の一つに秩序主義があり、国家が民を一定の枠の中で支配することを主義主張としています。これが現在の権威主義という言葉に繋がるわけで、民主主義と対比的でもあります。その民主主義の問題が表面化すればするほど中国の権威主義には都合がよい、ともいえるのです。