巨大なバランスシートの呪縛

なぜ利上げできないのか。その理由としてよくあげられるのが、日銀の保有国債が590兆円にのぼり、長期金利が上がると評価損が出るという話だが、これは問題ではない。日銀は途中で売却しないので、償還(借り替え)まで保有すれば評価損は実現しない。

もう一つは国債を購入する日銀当座預金が500兆円もあり、政策金利が上がると国債と逆鞘になることだ。たとえば長期金利が1%のとき、それを買う当座預金の付利が2%になると1%の逆鞘になる。これは帳簿上の評価損ではなく、ただちに発生するキャッシュフローで、1年間で5兆円の利払いが発生する。

これが問題かどうかは、専門家の間でも意見がわかれる。アメリカでは図のように国債金利が2%程度だったが、準備預金(当座預金)の付利が5%を超えて大幅な逆鞘になった。このため2023年の決算でFRBは債務超過になり、国庫納付金は1000億ドル以上の未納になったが、これはドルの信認にはまったく影響していない。

ただ日銀で同じようなことが起こったらどうなるかはわからない。GDPを超える巨大な日銀のバランスシートは、わずかな利上げでも日本経済に大きな影響を与える。2022年末に黒田日銀は、国債の指し値買いで大幅な赤字を出した。

長期金利が上がると、国債を大量に保有している地銀の経営も危なくなる。地銀の決算は日銀と違って時価評価なので、大きな評価損が出ると、取り付けが起こる可能性もある。

円安で日本は発展途上国に戻った

来年のインフレ率が2%の上か下かなどということに興味をもつ人はいないが、円安で日本人が貧しくなったことは誰もが感じている。実質実効為替レートでみると、円の価値はピークの1995年から60%以上も下がり、1ドル=360円の固定為替相場時代より下がった。日本は発展途上国だった時代に戻ったのだ。

実質実効為替レート(日銀)

しかしこれは日本の国際競争力が落ちたからではない。購買力平価の簡単な指標として使われるビッグマック・インデックスによると、円は購買力平価(約80円)から46.5%も過小評価されている。その最大の原因は、異常な金融政策である。

アベノミクスで始まった黒田日銀の円安誘導は、輸出企業や海外法人には大きなメリットがあったが、国内の中小企業の輸入原価が上がった。黒田氏は「円安になったら企業は日本に戻ってくる」と予言したが、そういうことは起こらなかった。アジアで生産する企業はアジアで売り、アジアの現地法人に投資したからだ。

円安は消費者から大企業への数十兆円規模の所得移転だった。それは日本の製造業を大きく変え、産業空洞化で雇用喪失をまねき、国内に残る雇用は小売りと外食と介護ぐらいだ。この大きな構造変化をもたらした円安を無視するという植田発言は、日銀が国民の生活実感と遊離したことを示している。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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