羊羹は、夏目漱石にとっては、青磁の皿に盛られたものとして、谷崎潤一郎にとっては、塗り物の器に容れられたものとして、美的鑑賞の対象となっていたのであって、賞味されたのは、羊羹というモノではなく、羊羹が創造する美的感興というコトだったのである。
芥川龍之介は、「野人生計事」という小品で、友人の室生犀星について語っている。ある日、この「陶器を愛する病」をもつ友人は、「上品に赤い唐艸の寂びた九谷の鉢」を芥川龍之介に贈与したのだが、その際、「これへは羊羹を入れなさい。(室生は何何し給えと云う代わりに何何しなさいと云うのである。)まん中へちょっと五切ればかり、まっ黒い羊羹を入れなさい。」といったというのである。
室生犀星にとって、愛好の対象は陶器であって、羊羹ではなかったであろうから、真っ黒い羊羹は、食べるモノではなく、赤い九谷の鉢の寂びた感じを引き立たせるコトのために必要だったにすぎなかったのである。
そして、後日、芥川龍之介は、「都会で」という小品において、『夜半の隅田川は何度見ても、詩人S・Mの言葉を超えることは出来ない。-「羊羹のように流れている。」』と書いたのである。S・Mは、いうまでもなく、室生犀星のことである。ここまでくれば、羊羹は食品というモノの領域を超越し、美的事象というコトに昇華しているわけだ。