親の「経験」は遺伝するようです。

2021年6月7日に米マウントサイナイ医科大(Icahn School of Medicine at Mount Sinai)の研究者たちにより『Journal of Neuroscience』に掲載された論文によれば、うつ状態にあるマウスの精子は遺伝活性が変化し、子どももストレスに対して弱くなるとのこと。

つまり、親の「経験」が精子に乗って子どもに遺伝していたのです。

にわかには信じられない話ですが、論文が掲載されたのは40年もの歴史がある神経科学分野では有名な科学雑誌であり、信ぴょう性は確かなようです。

しかし、いったいどんな仕組みで「経験」の遺伝が起きていたのでしょうか?

目次

  • 「経験」の遺伝を確かめるため、まず親をイジメる
  • 「重いうつ状態」の親からはストレスに弱い子どもが産まれる
  • 1460個もの遺伝子の活性が変化していた
  • 人間のうつ病も親の「経験」が原因かもしれない

「経験」の遺伝を確かめるため、まず親をイジメる

親マウスの「経験」が子マウスに遺伝すると判明
親マウスの「経験」が子マウスに遺伝すると判明 / Credit:Canva/ナゾロジー編

古い生物の教科書には、親が後天的に「経験」した出来事は、遺伝しない。

という記述があります。

親が膝に矢を受けても、生まれてきた子どもの脚は不自由にはならないのは、この「経験は遺伝しない」という法則が存在するからです。

ですが、近年の遺伝学の成果により、必ずしもそうとは言い切れないことが明らかになってきました。

哺乳類(マウス)でも親のストレスが子どもの気性に大きく影響するという結果が出始めたのです。

しかし反論する意見もありました。

マウスのような哺乳類は子育てを行い、親子の綿密な関係性が築かれるため、親が受けたストレスは、親の行動を通して子どもに影響を与えずにはいられないという意見です。

そこで今回、アメリカのマウントサイナイ医科大の研究者たちは、論争に決着をつけるために、新たな実験を行うことにしました。

慢性社会的敗北ストレスマウスの典型的な作り方。暴力の時間については研究ごとに多少異なる
慢性社会的敗北ストレスマウスの典型的な作り方。暴力の時間については研究ごとに多少異なる / Credit:Canva/ナゾロジー編

実験はまず、マウスを慢性社会的敗北ストレス状態にすることからはじまります。

これはマウスの縄張り意識を利用した手法です。

体格の優れた攻撃的なオスのマウスの檻の中に、体格の劣る弱い他のオスのマウスを入れて故意に「イジメ」を繰り返させます。

すると弱いマウスは一種の「うつ状態」に陥り、引きこもりや快感喪失を起こすほか、好物である砂糖水への興味を失うといった、大きな精神的変質を起こします。