西暦15世紀初頭にさかのぼる奇書であり歴史上最も複雑かつ謎めいた文書の1つとして知られる「ヴォイニッチ手稿」の新たな側面に光が当たっている。同書は暗号化された中世の“セックス教本”だったのではないかというのだ――。
■暗号化された「女性の秘密」なのか
「ヴォイニッチ手稿(Voynich Manuscript)」は1912年にポーランド系アメリカ人のウィルフリッド・ヴォイニッチによってイタリアで発見され、彼の名にちなんで名づけられた。
世界の文献史上最も複雑で謎めいた文書の1つとして知られるヴォイニッチ手稿は西暦15世紀初頭に遡る羊皮紙写本で、異世界の植物、占星術の図、未確認のシンボルの複雑なイラストで飾られた約240ページで構成されており、すべて未知の文字で書かれている。その内容は謎に包まれており、未解読のまま何世紀にもわたって言語学者、暗号学者を困惑させてきた奇書である。
そして最近になって一部の専門家は、この世界で最も神秘的な奇書には、当時は危険な情報と考えられていた中世の性の秘密が含まれていると述べている。
豪マッコーリー大学のキーガン・ブリューワー博士が主導する研究チームが2024年3月に「Social History of Medicine」で発表した研究は、ヴォイニッチ手稿にはセックス、避妊、婦人科に関する検閲済みの情報が含まれていると述べている。
同書にはハーブ、天文学、生物学、薬学などに関わるさまざまなイラストがふんだんに掲載されているのだが、その中に仰向けに寝た裸の女性が、手にしている何らかの器具を股間に向けているように見えるイラストがある。
研究者はこのイメージを理解するためには当時の医師がしばしば「女性の秘密(women’s secrets)」と呼んでいた、中世後期の婦人科と性科学の文化を把握しなければならないと指摘する。
判明しているもっとも初期のヴォイニッチ手稿の所有者は神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世(1552-1612)なのだが、同書に使われている羊皮紙を炭素年代測定すると、1404年から1438年の間に死亡した動物の皮革である可能性が95%であることが突き止められている。
そこから大雑把に類推すると同書はおおよそ西暦1500年前後に作成されたと考えられるのだが、当時の社会は性に関してきわめて保守的であったことがわかっている。
こうした時代背景から研究チームはこの時代、性に関する情報は“暗号化”されて密かに共有されていたのだと説明している。
実際にこの時代にはほかにも“暗号化”された「女性の秘密」に関する著述物が残されており、中世後期ヨーロッパの家父長制文化による検閲の目を逃れて密かに情報共有が行われていたのである。