興味深い点は、スロバキアでは過去、政府とメディアとの関係が険悪化し、政変の大きな引き金となってきたことだ。2018年2月、著名なジャーナリストのヤン・クシアク氏とその婚約者が殺害されるという事件が起きた。イタリアのマフィアとフィツォ首相の与党の関係が疑われ、ブラチスラバの中央政界を直撃し、国民は事件の全容解明を要求、各地でデモ集会を行った。その結果、フィツォ政権は2018年3月、辞任に追い込まれた。それ以来、フィツォ氏は批判的なメディアとは不仲だ(「スロバキア政界とマフィアの癒着」2018年3月17日参考)。
そのフィツォ首相が今度は「暗殺未遂事件」に遭遇したのだ。首相の暗殺未遂事件は欧州全土を震撼させた。フィツォ首相が5月15日、同国中部ハンドロバで政治集会を終えて退出し、会場前に集まった市民と交流しようとした時、男性から5発の銃弾を受け、一発は腹部に命中し、重体となって近くの病院にヘリコプターで搬送され、緊急手術を受けた。現地のメディアによると、犯人(71)は当時、「フィツォ首相の政治に同意できないからだ」と、犯行の動機を供述したという。
首相暗殺未遂事件の直後、与野党の政治家やメディアの間で「対話の文化を促進させなければならない」といった声が聞かれた。その矢先、退院したフィツォ首相は今月5日、銃撃事件後初めて動画を通じて演説し、政界や社会に憎悪を醸成したのは反政府派だと非難したのだ。フィツォ氏は「容疑者に対して憎しみはないが、彼は政治的憎悪の使者だ」と主張。政権に批判的なメディアや反政府派、NGOを攻撃している。
政権とメディアの癒着は問題だが、メディアが政府批判一色となったり、逆に独裁国や共産国でも見られるようにメディアが政府のスピーカーとなる場合、健全な民主主義社会の育成は期待できない。フィツォ首相はこれまでも「RTVSの報道は自分たちに偏見を持っている」と繰り返し批判してきた。そこでRTVSを解散し、政権に批判的なメディアの口を塞ぐというわけだ。
メディアは第4権力と呼ばれ、メディアの影響力は政権さえも崩壊させるパワーを有している一方、政府は悪、メディアはその悪を追求する正義の味方といった自己過信により、客観的な報道から逸脱するケースも出てきている。冷戦時代、共産主義政権下にあったスロバキアの場合、政府とメディアの健全な関係を実現するためにはまだ時間が必要なのかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。