「芽殖孤虫」は卵を産まず体を分裂させて増える

芽殖孤虫は永遠に幼虫のまま、出芽・分裂を繰り返して増殖する
芽殖孤虫は永遠に幼虫のまま、出芽・分裂を繰り返して増殖する / Credit:菊地泰生(宮崎大学)- 謎の寄生虫「芽殖孤虫」のゲノムを解読 -謎に包まれた致死性の寄生虫症「芽殖孤虫症」の病原機構に迫る-(2021) / ナゾロジー改変

遺伝解析を行うにあたり、研究チームはまず、マウス体内で維持されてきた「芽殖孤虫(がしょくこちゅう)」と、日本のシマベビから採取した「マンソン裂頭条虫(れっとうじょうちゅう)」からDNAを抽出しました。

結果、芽殖孤虫のゲノムは6億5000万塩基対からなり、遺伝子総数は1万8919個であると判明。

これはヒトのゲノム(30億塩基対)と比べると小さいものの、エキノコックス(約1億500万塩基対)や回虫(2億7000万塩基対)など他の寄生虫よりはかなり大きな値です。

また芽殖孤虫のゲノムはマンソン裂頭条虫(8億塩基対)と似ている部分があったものの、塩基配列およびゲノム数からも明らかに別の生物であると判明します。

かつて芽殖孤虫はマンソン裂頭条虫の異常個体であるとする説がありましたが、今回の研究によって完全に否定されました。

ですがより興味深い発見は、個々の遺伝子解析によってみえてきました。

芽殖孤虫に含まれる遺伝子を調べた結果、卵から体を作るために必要な「個体発生」にかかわる遺伝子や有性生殖に必要な10個の遺伝子について重要度(選択圧)が低下していることが判明。

また神経系を作る遺伝子や体の前後を決める遺伝子(Hox1)など、体の正しい形成に重要な遺伝子のいくつかが失われていることも判明します。

この結果は芽殖孤虫は卵を産む成虫段階が存在せず、増殖がもっぱら出芽・分裂という無性生殖に依存していることを示します。

そしてこの無性的な増殖が芽殖孤虫の病原性の強さに直結していると考えられます。

ただ興味深いことに芽殖孤虫の全ての虫体が終末的な増殖を起こすわけではありませんでした。

「芽殖孤虫」は異なる2タイプがあったのです。

分裂が盛んなメデューサ型は未知のタンパク質を分泌している

メデューサ型は増殖力が強く致命的な病状を引き起こす
メデューサ型は増殖力が強く致命的な病状を引き起こす / Credit:菊地泰生(宮崎大学)- 謎の寄生虫「芽殖孤虫」のゲノムを解読 -謎に包まれた致死性の寄生虫症「芽殖孤虫症」の病原機構に迫る-(2021) / ナゾロジー改変

研究チームが、マウスから取り出した虫体を観察していると、あるとき、盛んに出芽・分裂しているものと、出芽がみられない増殖度の遅いものがあることに気付きました。

そして増殖度が高いものを「メデューサ型」、低いものを「ワサビ型」と命名します。

次に研究チームは、これら2タイプでは何がどう違うかを顕微鏡レベルで調べることにしました。

結果、メデューサ型はワサビ型に比べて動きが活発で、とく発達した液胞を持っていることがわかりました。

さらに最新の機器で働いている遺伝子を比較した結果、メデューサ型ではタンパク質分解酵素、がん関連遺伝子の働きが大きく上昇していました。

特に発現量がワサビ型の200倍を超える遺伝子には、細胞外基質分解酵素(組織の侵入に使う)、神経伝達物質であるアセチルコリンの分解酵素、そして芽殖孤虫にのみ発見されている機能不明なタンパク質群が発見されました。

これら未知のタンパク質は構造的に、細胞外に出て働く分泌性タンパク質とよく似ており宿主免疫系に影響を与えると考えられます。