「鉄の肺」の中で70年以上も生きてきたアメリカ人男性のポール・アレクサンダー(Paul Alexander)さんが、今月11日に78歳で亡くなったと報じられました。
ポールさんは6歳のときにポリオウイルスに感染したことで全身麻痺に陥り、自力では呼吸ができない状態となりました。
「鉄の肺」は1928年に開発された旧式の人工呼吸器であり、ポールさんは幼少期から亡くなるまでずっとこの装置の中で暮らしてきたのです。
しかしその耐え難い困難に直面しても、ポールさんの生きる意志が折れることはありませんでした。
今回は哀悼の意を込めて、ポールさんの壮絶な生涯を振り返ります。
6歳の夏にポリオウイルスに感染、全身麻痺の状態に
ポールさんは1946年1月30日に、米テキサス州の町ダラスに生まれます。
何不自由ない健康な少年でしたが、1952年の夏(当時6歳)、弟のフィリップさんと遊びに出かけた帰りに、唐突な発熱と体の痛み、倦怠感に襲われたのです。
医師の診断の結果、ポールさんは「ポリオウイルス」に感染していたことが判明しました。
ポリオウイルスはヒトを宿主とする感染力の強い病原体で、ちょうど当時のアメリカで猛威を奮っていたのです。
ポリオウイルスは口から体内に侵入すると喉や腸内で増殖します。
ただ感染しても多くの場合は目立った症状がなく、もし症状があったとしても発汗や下痢、嘔吐、風邪、発熱のような軽いものでした。
ところが、ポリオウイルスは約200人に1人の割合で宿主の神経系を冒し、一生涯つづく全身麻痺を引き起こすことが知られています。
不幸にもポールさんはその1人となったのです。
ポールさんは何とか一命を取り留めまたものの、首から下が完全に麻痺した状態となり、自力で動かせるのは頭と首と口だけでした。
そして肺の筋肉が動かなくなったことで、自分では呼吸ができなくなったのです。
このまま放置すると、待っているの死だけでした。
そこで医師たちは、人工呼吸器である「鉄の肺(Iron Lung)」にポールさんを入れることにします。
人工呼吸装置「鉄の肺」とは?
「鉄の肺」は1928年に、米ハーバード大学公衆衛生スクールの医師らが、ポリオウイルス感染による呼吸不全を治療するために開発したものです。
当時では最先端の生命維持装置であり、全身麻痺に陥ったポリオ患者の多くがこの装置を使用しました。
仕組みとしては「鉄の肺」の内部が気密タンクになっており、ここにポリオ患者の首から下を収容します。
そしてタンク内の圧力を一定の間隔を置きながら調節することで呼吸を促すのです。
具体的には、タンク内を陰圧(外よりも気圧が低い状態)にすると患者の胸郭が広げられ、平圧に戻すと胸郭の弾性によって肺がしぼみます。
これを繰り返すことで自然な呼気を誘発するのです。
「鉄の肺」は1950年代まで広範に用いられていましたが、装置が大掛かりで維持費用が高価なこと、首から下がタンクに覆われるため患者のケアが難しいこと、それからチューブのみを患者の気管に挿入する新型の人工呼吸器が登場したことなどから、現在ではほとんど使われていません。
それでもポールさんは慣れ親しんだ「鉄の肺」を70年以上も使用し続け、「鉄の肺」の中で最も長い期間を過ごした人物としてギネス世界記録にも認定されています。
では、ポールさんはこの鉄の箱に閉じ込められた状態で、どんな人生を送ったのでしょうか?