きょう岸田首相が優生保護法で不妊手術を受けた人々に謝罪した。
最高裁判決では、優生保護法そのものを憲法違反としたが、これには疑問がある。まず優生保護法は1996年に母体保護法と名前を変え、障害者の不妊手術の規定を削除したが、妊娠中絶は現在も行なわれている。「経済的理由」で中絶できるので、実質的に自由である。
優生学はリベラルな福祉国家の思想優生学というと、ヒトラーのユダヤ人絶滅などのイメージが強いが、戦前には障害者の遺伝子を増やさないで人類の遺伝子プールを守るリベラルな政策で、優生保護法は北欧やアメリカで広く実施されていた。
精神障害者の子供が遺伝的な障害をもって生まれてくる確率は高く、それを防ぐことは福祉国家の一環だった。ケインズはイギリス優生学会の会長だった。
もう一つの目的は、産児制限だった。望まない妊娠から女性を解放することにはフェミニストが賛成し、日本でも社会党の加藤シズエが優生保護法の提案者だった。
それが人道的に批判されるようになったのは、1960年代に公民権運動で人種差別が問題になってからだ。批判を受けてアメリカ優生学会は「社会生物学会」と改称したが、E.O.ウィルソンの『社会生物学』は「人種差別を正当化する理論」として激しく糾弾された。