「超速老化魚」という言葉を聞くと、何を思い浮かべるでしょうか?
この小さな魚、ターコイズキリフィッシュは、その名前のとおり、わずか数カ月の寿命で急速に成長、老化し、そして死んでいきます。
大阪大学で行われた研究では、この奇妙な生物を使った老化メカニズムの解明が行われ、細胞のシグナル伝達が老化によってバランスを失っていく様子が調べられています。
私たちの細胞は無数の信号をやりとりしながら機能を維持していますが、その中には老化と密接に関連したものもあるようです。
なぜ私たちは老いるのか、そして老化を遅らせる方法はあるのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年4月29日『NPJ Aging』にて公開されました。
超速老化魚を使って老化の瞬間を掴む
私たちの体は年齢と共に機能が低下し、病気のリスクが増加します。
例えば、関節が痛くなったり、視力が低下したり、免疫力が弱くなったりするのです。
このような変化は避けられず、古代から多くの人々の関心を引いてきました。
なぜ人は老いるのか、そして老化を遅らせる方法はあるのか――これらの疑問は、現代の科学者たちの永遠のテーマであり、解明が進むたびに新たな発見がもたらされます。
老化のメカニズムを理解することは、私たちの健康寿命を延ばし、生活の質を向上させる鍵となります。
現在の研究では、DNAの損傷や細胞の再生能力の低下、炎症反応の増加、細胞内外との信号のやりとりの不調などが老化に関与していることが示されています。
細胞を家にたとえるなら、DNAは家の設計図に相当します。
この設計図が損傷すると、修復や再建がうまくいかず、家全体の構造が崩れる原因となります。
設計図が不完全だと、新しい部分もまた欠陥を抱えたものになります。
次に、炎症反応の増加は、家の建材が劣化しやすくなることに例えられます。
これは湿気や熱気によって家の基礎が蝕まれるようなもので、時間が経つにつれて家全体がボロボロになっていきます。
最後に、細胞内外の信号のやりとりの不調は、家の配管や電気配線の不具合に相当します。
配管が詰まったり、電線がショートしたりすると、家の中の生活が快適ではなくなり、最終的には機能しなくなります。
これらの不調が続くと、家としての住みやすさや安全性が著しく低下します。
このように、細胞のDNA、炎症反応、シグナル伝達経路は、それぞれ家の設計図、建材、配管や電線に相当し、それらがうまく機能しないと細胞も老化しやすくなるのです。
老化のメカニズムを深く理解することは、私たちの健康寿命を延ばし、生活の質を向上させるための重要な鍵です。
これまでの研究は、DNAの損傷や細胞の再生能力の低下、炎症反応の増加など、さまざまな要因が老化に寄与していることを示していますが、具体的にどのような分子メカニズムが老化を引き起こしているのか、全体像を把握するにはまだ多くの謎が残されています。
これまで、脊椎動物の老化研究は主にマウスをモデルに進められてきました。
しかし、マウスの寿命は数年であるため、老化解析には膨大な時間がかかり、これが研究の進展を阻んできました。
そこで、大阪大学の研究者たちは新たなモデル生物として「超速老化魚」ターコイズキリフィッシュ(略称キリフィッシュ)を用いることにしました。
キリフィッシュはその名の通り、驚異的なスピードで成長し、老化する小型魚類です。
この魚は1カ月以内に性成熟し、その後2~3カ月で老化し死に至ります。
彼らの寿命はわずか3~4カ月であり、この短命さは研究者にとって大きな利点です。
例えば、特定の遺伝子や環境条件が老化に与える影響を迅速に評価することが可能となります。
(※研究で使われたキリフィッシュは近親交配が行われています。)
例えば、キリフィッシュを使うことで、特定の遺伝子が老化速度にどのように影響するかを明らかにできます。
また、キリフィッシュは環境要因が老化に与える影響についても重要な知見をもたらしてくれます。
温度や食事、運動などがキリフィッシュの寿命や健康状態にどのように影響するかを調べることで、私たち自身の生活習慣が老化にどのように関与しているのかを理解する手がかりが得られます。
今回の研究では、超速老化魚キリフィッシュの細胞内に存在する「Wntシグナル」という「細胞のシグナル伝達」に焦点を当てました。
先にも述べたように細胞のシグナル伝達は家の配管や電線の役割を担っており「Wntシグナル」も同じです。
生きている細胞は、生命活動を行うために常に膨大な量の信号を処理しています。
このWntシグナルは、線虫や昆虫、魚類からヒトを含む哺乳類に至るまで、広範な生命に採用されているシグナル伝達経路で、幹細胞の誘導・維持、組織再生、がんの発生など多様な機能を担っています。
またWntシグナルは、細胞の成長や分化、運動に関与し、組織の恒常性を維持するために不可欠であることも知られています。
しかし、老化が進むと、このシグナル伝達経路に異常が発生し、それががんや糖尿病などの加齢性疾患の引き金となることが知られています。
例えば、マウスの肝臓では、Wntシグナルの伝達が加齢と共に増加し、ヒトの皮膚では加齢により低下することが報告されています。
そのためWntシグナルの動きを調べることで、細胞の老化度合いを評価できるのです。
キリフィッシュを用いた今回の研究では、Wntシグナルの様子を細胞内で可視化する技術が活用されました。
細胞内部の特定の分子の動きを視覚化することで、若い頃と異なる動きを始めたかどうかを迅速に確認することが可能です。
この技術により、キリフィッシュが老化すると、まず肝臓でWntシグナルが異常に活性化し、腎尿細管上皮での活性が低下することが明らかになりました。
肝機能や腎機能の低下は人間の老化でもよく知られた現象です。
また、老齢のキリフィッシュの網膜ではWntシグナルの異常活性化が検出され、それに関連して加齢黄斑変性(AMD)様の網膜変性が見られました。
さらに、尾ビレに傷をつけた場合、若い個体では正しく再生するのに対し、老齢のキリフィッシュでは間違った場所でWntシグナルが活性化し、誤った形に再生されることが突き止められました。
これにより、老化による傷の治りの異常のメカニズムの一端が解明されました。
人間においても目の機能の衰えや傷の治りの遅さも、老化の一般的な症状です。