「インドのひろゆき」とは?

ーー書籍では龍樹(※)を「論破王」「インドのひろゆき(西村博之)」と紹介されています。しんめいPさんはひろゆきさんをどんな方だとお考えですか?

しんめいP:ひろゆきさんは、本当に「とらえどころない」。昔の「2ちゃん」的な皮肉も込めて書いたつもりではありますが、人を簡単に否定しない方ですね。弱い人の居場所としての「2ちゃんねる」を守ろうとして表現規制を争ったんだろうと思います。年上に失礼だけど「ひろゆき、いいやつじゃん」。

龍樹(ナーガールジュナ)

インド仏教の僧。龍樹は中国名です。仏教思想の核心をなす「空」の思想を理論化した。奈良・平安仏教では「八宗(大乗仏教)の祖師」とされる東洋哲学者。

ーー「論破王」だけでない、ひろゆきさんの印象ですね。

しんめいP:実は、許諾がとれなくて書籍に掲載できなかった画像があって、それが本当に龍樹とそっくりなんです。僕にとって心残りなのでツイートしました。

ひろゆきさんの20年間は、現代日本の大事なテーマかもしれません。執筆しているときに、作家の佐藤優さんが「ひろゆきはニヒリズムを身体化した思想家」だと論じていましたが、「ニヒリズム」だとは思えません。良い意味でも悪い意味でも「そんなに深くないよ」「でも、そこがすごく良いんだよ」と僕は思っています。

ーー『自分とか、ないから。』は、「令和」を感じさせる筆致で、まるで「推し」を語るように東洋哲学者を紹介しています。これは、東洋哲学がはらむ難しさや底知れなさといったものから、しんめいPさんが心の距離を上手にはかるためなのかもしれない、という印象を受けました。

<出典:『自分とか、ないから。 教養としての東洋哲学』(サンクチュアリ出版・刊)>

しんめいP:心の距離はまさにそうですね。あとは、地味に「令和の、ネタに走った五木寛之さん」というポジションを意識していました。どの立ち位置で書き進めていくかを考えたときに、僕は専門家ではないからエッセイが良いな、と。

五木寛之さんの『大河の一滴』(1998年・幻冬舎刊)は、10代の頃に東洋哲学に興味をもったきっかけの1つです。「素人が書く、度が過ぎるスピリチュアル本」にはしたくなかったんです。

ーーいわゆる「結論めいたこと」ではなく、東洋哲学を現代の言葉で咀嚼する様子もきっちりと描かれていました。

しんめいP:そこは、僕よりも編集の方が意識されていたところだと思います。「わからないところが良いので、わからないということを書いてください」と仰っていました。僕は執筆中、「東洋哲学、やっぱわからないです」とずっとぼやいていました。

ーー執筆を経て「結論」は出たんでしょうか?

しんめいP:……難しいですね。ピントはあってないけれども「こっちだな」という感覚が得られたのでしょうか。進んでいく方向に迷いがなくなったという意味では「受け止めた」といって良いのかもしれません。でも、「結論めいたこと」を示せるような景色はまだ見えていないことも確かです。

ーーこの本で紹介される哲学者たちも、結論を口にしていないかもしれませんね。

しんめいP:そうですね。東洋哲学そのものが「口に出さないんだよね」っていう気がします。僕としては、見えそうで見えないもどかしさを感じるものが、いっぱいあるんです。ちゃんと見たいし、その見えたモノをみんなとシェアできたら「クリアになったね、すげえ!」と喜びあえるかもしれません。

書きたかったことがすべて書けたわけではないし。それぞれの章をまとめなおして、1冊ずつ計6冊にしても書くべきことがあるんじゃないかとも思っています。人生足らずにおわらなさそうだけど(笑)。

ーー現在どのように生計を立てていらっしゃるんですか?

しんめいP:収入の見通しはこの書籍だけで、出版社の方に「初版分の印税を早めに振り込んでいただくと……」と連絡するような経済状況です。今日、財布に小銭しかなくて、お金を下ろそうとしたら、残高が不足していました(笑)。出版してしまったから、無職なのかもという気もしますが、今はこの本が売れるように頑張っています。

<撮影:ヨシダショーヘイ>

ーー今後は執筆活動をしていくおつもりですか?

しんめいP:執筆中から、作家と自分で名乗ることはやめようと考えていました。作家のくせに本書けてないじゃん……という思考に陥りそうだし、作家という言葉に囚われそう。

この2~3年、この本を執筆する以外には、音楽をやっていました(笑)。執筆作業の息抜きでもあり、自分の内面にある「なにかを開ける」きっかけがあるといいなと思ったんです。昔、ピアノをやっていたので、執筆中にシンセサイザーを始めて、3つくらい素人バンドに参加していました。

この本を監修してくださった鎌田東二先生(京都大学名誉教授)は「神道ソングライター」と名乗って、ライブ活動をしています。……鎌田先生は末期ガンだとわかってすぐに周囲の心配をよそに『絶体絶命』というタイトルでライブをするような方。

シンセサイザーを演奏していることを先生に話したら、7月にライブをやる話になりました。僕は作曲なんてしたこともないのに「3曲くらい作ってきて」と言われ、頭はそのことでいっぱいです。

ーー書籍でも音楽ジャンルになぞらえた表現が多くありましたが、音楽好きなんですね。

しんめいP:演奏することは楽しいですけど僕、全然音楽くわしくないし、聴かないんです(笑)。ヒップホップなんてまったく聴かないのでイメージだけで書いてます。

(前編・了)

続く後編は、6月11日(火)18:00に公開します。